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裁きの庭  作者: いずれけす
第三章 引き返すための黄金の橋
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ロウ・カノン


 図書室を出、人を待たせてあるという『正義の塔』の庭園へ向かう途中。エメリーは先輩の言葉に目をぱちぱちさせた。


「パートナー、ですか?」

「ああ」


 生返事をしてフランソワは巻きタバコに火をすりつける。

 途端、エメリーが咳き込んだ。彼女は巻きタバコが大嫌いなのだ。そういえば禁煙するかしないかで、よく争ったなあとフランソワは回想する。


 ある時、巻きタバコって麻薬みたいなモノなんだから危ないですよ、と説教されたのにカチンときて、毒は美味いんだと言い返してしまった。

 その日を境に、無言の圧力が始まった。


 フランソワが巻きタバコに手をつけるたび、エメリーが咳をするようになったのだ。とっても嫌味ったらしく。

 毎日そんな風に責められた結果、フランソワは彼女が視界に入っている間だけはしないと折れたのである。


 彼女とのコンビが解消されて再び喫煙の味を噛み締めていたため、うっかり忘れてしまっていた。慌てて巻きタバコの火をもみ消す。


「そっ。お嬢も新米だし、1人だと限界もあるだろ。だからお前のために弁護士を用意した」


 法廷弁護士は、弁護に必要な準備を整える際、何人かのパートナーを雇うことがある。法廷弁護士の部下にあたる、普通の弁護士だ。弁護士には司法試験を合格したての司法修習生(み な ら い)と、ずっとその道に従事するベテランとがある。いつの間にやらフランソワは、そのどちらかの弁護士とパートナーを組む約束をしたそうだ。庭園の噴水で落ち合うことになっているらしい。


「ベテランなんですか?」

「いや。弁護士生活1年目の19歳だ」

「………司法修習生ってことですか?」

「いいじゃねぇか弁護士で。どうせ2年経ったら嫌でも独立するんだし。細かいトコばっかつついてるとハゲるんだからな」


 ……………。

 ……………………。

 果てしなく、果てしなく不安だ。


「安心しろ。腕は保証できる。多分。なんたってお前と同じ十代で司法試験に受かったんだからな。優秀だろ、多分」


 どうしてそう『多分』を付け足したがる。


「ベテランの方だったら助言とかもらえるかなって思ってたんですけど………大丈夫ですかね………」


 エメリーとてフランソワに面倒を見てもらいつつ、いろんな事件の解決を頑張ってきたのだ。1人で動き回るにはまだ心許(こころもと)ない。それなのに独立して早々、同じくなり立ての部下と戦線を張るなんて。


 弱音を吐くエメリーの背中をフランソワがバシッと叩いた。容赦なく痛い。


「心配すんなって。たまには先輩が頼りになってやる。それにベテランでも気が合わなかったらやりにくいし、だったらお前と組みたいって奴と一緒になった方がいいと思うぞ」


 どういう意味ですか? 口を開きかけたエメリーの前を、先輩の腕がよぎった。


「よお。待たせっちまって悪いなあ」

「いえ! 大丈夫です!」


 まったく申し訳なさそうにない口調で独り言ち、手を振るフランソワ。それに対してどこからともなく元気な声が返ってきた。


 水を噴き上げ光の花びらを散らす噴水。目の前に鎮座する噴水の脇に、彼は立っていた。


 肩で切りそろえた黒髪。水気を含んだ漆黒は風になびいて白っぽい艶を流す。その髪の一筋が目に当たったのか、青年はごしごしと顔をこすった。

 19歳にしては、少しあどけない顔立ち。こすったせいなのか色白の肌が赤らんでいる。目の違和感がなくなったらしい青年は、ぱちぱちとまばたきして再びエメリーを見た。


「あんたの希望に添ってやったよ。14歳で司法試験を通ったロス法廷弁護士だ」

「この方が………」


 言い終えぬまま、彼はガシッと彼女の両腕を捕まえて勢いよく振り回した。


「お会いできて光栄です! 僕、ロウ・カノンって言います。うわあ、本物だぁっ」

「あ、あ、あの、速いです……」


 尋常でない速さで腕ごとブンブンされて、エメリーはたたらを踏む。

 どういうことですか? 横目で訴えると、フランソワは片目をつぶって苦笑した。


「見た通りだ。お前を尊敬してんだとよ」

「はい! ずっとお会いしたかったんです!」


 青年の生き生きしたハシバミの虹彩がいっそう輝く。エメリーの腕がいっそうへとへとになる。

 尊敬とはどういう意味だ。ますますちんぷんかんぷんだ。


「お前さ、名前だけ独り歩きしてんだよ。史上最年少の法廷弁護士ってな。そんだけ有名人ってことだよ。な、ロウ」


 ロウと呼ばれた青年はいきなりエメリーから両手を離し、拳を作って熱弁をふるった。


「そうですよ。学院じゃ評判でしたもん! 学院に通わないで司法試験に受かっただけでもすごいのに、裁判でもすごく注目されて、いっぱい活躍して………! すごいじゃないですか」

「はあ。そうですか……」


 ぶつけんばかりの彼の熱にたじろぐエメリー。

 フランソワは首を傾げた。

 なんだこの温度差。


「そうですよ! 特に『エリザベス事件』なんか画期的だったじゃないですか。まさかお腹の中の赤ちゃんに損害賠償請求権が認められるなんて誰も考えもしませんでしたよ!」

「そうなんですか……」

「いや喜べよお前」


 思わずフランソワがたしなめる。しかしエメリーはあくまでも依頼人の望みを法廷で叶えるために尽くしただけであって、名前を売りたかったからじゃない。


 『エリザベス事件』は、エメリーがフランソワの見習い弁護士になって初めて扱った事件だ。原告側の負けだと誰もがタカをくくった中での逆転勝訴だったので、衝撃的だったようだ。ロウみたいに、エメリーが自分の名前を名乗ると、真っ先にその事件を思い出す人たちがいる程度には。


「ロウさん」


 エメリーはすっとロウを見上げた。

 興奮が過ぎて上気しきった彼の頬、冷めやらず(たかぶ)ったままの瞳。自分の思いを正直にさらけ出せる人は、この業界では珍しい。

 逆転無罪までいけるか不安は残るけれど、この人なら信頼できそうだ。


「よろしく、お願いします」


 エメリーはぺこりと頭を下げた。

 突然お辞儀をされて固まったロウだが、パートナーと認められたことの方が嬉しくてすぐ舞い上がった。


「はい!」






 さっそく仕事にかかりたいというロウのやる気に応えて、エメリーはクローデンスの事件の内容と、他に必要そうな情報を教えるため、彼を自分の部屋に連れて行った。青春っていいねぇと、庭園に取り残されたフランソワはうそぶく。


 エメリーには口が裂けても言えないが、彼女は弁護士界の嫌われ者だ。彼女の負担を思って密かにベテラン弁護士の部屋を何軒か回ってみたのだが、すげなく断られた。極端な奴は、エメリーの『エ』の音でバタンと扉を閉める始末。


 やっと出会えたのが、学院生時代から彼女に憧れていたというロウだ。あちらも飛び級で法学院を卒業し、司法試験をすんなり通ったものだから、若い見習いに妬まれているらしい。


 嫌われ者同士、手を取り合って見返してやれ。心のうちで応援する。


「…………いいのかい? 子供同士が重大事件の弁護なんて」


 噴水とは離れた樹の陰で盗み聞きしていたジャンが、ひょっこり顔を出す。絶対いるよなと確信していたフランソワは、特に動揺せず受け止めた。


「いいんじゃねぇの? 他に手をつけたがる輩がいねぇんだから。それにあいつらは子供じゃない」


 ライターのフタがカチリと鳴る。


「弁護士だ」


 巻きタバコの匂いを乗せた煙が、空へとゆっくり立ち上って消えてゆく。ほのかな甘みを含んだ風味が体内を巡る。

 うん。うまい。




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