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裁きの庭  作者: いずれけす
第三章 引き返すための黄金の橋
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精一杯の結果



「冗談だ」


 いじめすぎたかと反省し、フランソワは意識を切り替える。


「役に立ちそうだったか? 裁判記録」

「ちょっとだけ、ですけど」

「ずさんな裁判らしかったからねぇ。思ったほど参考になるブツじゃなかったろ」


 うんと伸びをし、組んだ両手を頭の後ろにやって、彼はエメリーを見据えた。


「皆、被告人を無罪と考えてない。そんな中でできんのか?」


 試すような目つき。エメリーはうつむく。


「………逃げるのも、アリなんだと思います」


 言葉を選んで、慎重に口にする。


「でも投げ出したのと、やるだけやったのとでは、多分違うんです。失敗しても、それが精一杯の結果なら、正しい答えなんです。後悔しても仕方ないから、だったら頑張って答えを見つけたいです」


 自己満足かもしれない。

 自己満足でも、やらなきゃ始まらない。

 逃げるのも立派な選択肢だ。でも目を背けたのと、立ち向かったのとでは、自分の価値は変わってくる。

 目的はずっと同じ場所にある。辿り着けるかどうかは自分次第だ。博打みたいだけど、運を天に任せない分、希望が持てる。

 兄を助けたい。そのためにエメリーは努力してきた。今も。だからこそ自信がある。

 私は戦える。戦う。最後まで。


「精一杯の結果が正しい答え、ねぇ。確かに物事は先に見通せるモンじゃない」


 お前らしいや。小さく笑ってフランソワがエメリーの頭を撫でる。合格だったようだ。

 柔らかな髪を()く彼の手つきが、ぬくもりが、ひどく懐かしく感じた。大好きな1人の人の面影を思い出させるもので、すがりたくなる。

 直後にハッとエメリーは顔を跳ね上げた。


「先輩。先輩の前のパートナーって、」


 どうしたんですか?


「……………っ」


 フランソワの手が止まる。特徴的な三白眼が一瞬だけ見開かれ、口元がいびつにしかめられた。震える唇。


「………お前をわずらわせるようなネタじゃないよ」


 嘘だ。カボチャ上司に掴みかかっていたくせに。

 だが彼のかつてのパートナーと、エメリーに直接の関係はない。あまり彼も首を突っ込まれたくないのだろう。エメリーだって、自分のことを話さないのだからお互い様だ。


 瞳を閉じ、深く一息ついて持ち直した彼。わざとらしくエメリーの視線を避け、毒づく。


「法があるのに助けられないなんて、おかしい話だよな」


 自嘲めかした言いぶりの裏に怒りを感じ取り、エメリーは耳を疑った。

 不真面目で愚痴っぽくて軽々しい彼が、どうしてこれほどまで真剣な表情をしているのだろう。

 再び口を開きかけ、つぐむ。


 フランソワの横顔。それが誰かの影と重なった。


 彼を通してその人物をとらえようと、エメリーはまじまじ眺める。


「ん? どうした。先輩の顔がそんなにカッコいいか」

「いえ。知り合いと似ている気がしまして」

「爽やかな否定ありがとう。先輩はとっても傷ついた」


 さして傷ついてなさそうな口ぶりで先輩は受け流した。


「似てる、なあ。俺みたいにイイ男が他にいるとは初耳だ」

「?」

「すまん話が高度すぎたな」


 無邪気さゆえの残酷とはコレか、とエメリーには理解できないぼやきを吐きつつ、フランソワは彼女の手首を掴んだ。引っ張られ、少女の小さな身体が彼の胸に倒れ込む。


「先輩?」

「っと。こんなところで油売ってるヒマはなかったんだ。ちくしょう、あのカボチャ………。上層部(うえ)にあることないことでっち上げて降格させてやる」


 弁護士であることを疑ってしまうとんでもない呟きだ。しかしエメリーは伊達(だて)に彼とパートナーを組んでいたわけでない。慣れっこである。恨みの対象がカボチャ上司ということも関係しているらしい。


「行くぞ、お嬢。人を待たせてあんだ」

「お客さんですか?」

「違うな。頑張ってるお前への、先輩からのプレゼントだ」


 プレゼント? およそ日頃の彼からは結びつきようのない単語だ。どこの風の吹き回しか。

 しかも人らしい。事件の関係者とするには、フランソワの態度が軽すぎる。いったいなんだろう。


「これから人に会うってのに変な顔すんなよ。カワイコちゃんが台無しじゃねえか」


 百面相するエメリーをフランソワがからかった。



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