精一杯の結果
「冗談だ」
いじめすぎたかと反省し、フランソワは意識を切り替える。
「役に立ちそうだったか? 裁判記録」
「ちょっとだけ、ですけど」
「ずさんな裁判らしかったからねぇ。思ったほど参考になるブツじゃなかったろ」
うんと伸びをし、組んだ両手を頭の後ろにやって、彼はエメリーを見据えた。
「皆、被告人を無罪と考えてない。そんな中でできんのか?」
試すような目つき。エメリーはうつむく。
「………逃げるのも、アリなんだと思います」
言葉を選んで、慎重に口にする。
「でも投げ出したのと、やるだけやったのとでは、多分違うんです。失敗しても、それが精一杯の結果なら、正しい答えなんです。後悔しても仕方ないから、だったら頑張って答えを見つけたいです」
自己満足かもしれない。
自己満足でも、やらなきゃ始まらない。
逃げるのも立派な選択肢だ。でも目を背けたのと、立ち向かったのとでは、自分の価値は変わってくる。
目的はずっと同じ場所にある。辿り着けるかどうかは自分次第だ。博打みたいだけど、運を天に任せない分、希望が持てる。
兄を助けたい。そのためにエメリーは努力してきた。今も。だからこそ自信がある。
私は戦える。戦う。最後まで。
「精一杯の結果が正しい答え、ねぇ。確かに物事は先に見通せるモンじゃない」
お前らしいや。小さく笑ってフランソワがエメリーの頭を撫でる。合格だったようだ。
柔らかな髪を梳く彼の手つきが、ぬくもりが、ひどく懐かしく感じた。大好きな1人の人の面影を思い出させるもので、すがりたくなる。
直後にハッとエメリーは顔を跳ね上げた。
「先輩。先輩の前のパートナーって、」
どうしたんですか?
「……………っ」
フランソワの手が止まる。特徴的な三白眼が一瞬だけ見開かれ、口元がいびつにしかめられた。震える唇。
「………お前をわずらわせるようなネタじゃないよ」
嘘だ。カボチャ上司に掴みかかっていたくせに。
だが彼のかつてのパートナーと、エメリーに直接の関係はない。あまり彼も首を突っ込まれたくないのだろう。エメリーだって、自分のことを話さないのだからお互い様だ。
瞳を閉じ、深く一息ついて持ち直した彼。わざとらしくエメリーの視線を避け、毒づく。
「法があるのに助けられないなんて、おかしい話だよな」
自嘲めかした言いぶりの裏に怒りを感じ取り、エメリーは耳を疑った。
不真面目で愚痴っぽくて軽々しい彼が、どうしてこれほどまで真剣な表情をしているのだろう。
再び口を開きかけ、つぐむ。
フランソワの横顔。それが誰かの影と重なった。
彼を通してその人物をとらえようと、エメリーはまじまじ眺める。
「ん? どうした。先輩の顔がそんなにカッコいいか」
「いえ。知り合いと似ている気がしまして」
「爽やかな否定ありがとう。先輩はとっても傷ついた」
さして傷ついてなさそうな口ぶりで先輩は受け流した。
「似てる、なあ。俺みたいにイイ男が他にいるとは初耳だ」
「?」
「すまん話が高度すぎたな」
無邪気さゆえの残酷とはコレか、とエメリーには理解できないぼやきを吐きつつ、フランソワは彼女の手首を掴んだ。引っ張られ、少女の小さな身体が彼の胸に倒れ込む。
「先輩?」
「っと。こんなところで油売ってるヒマはなかったんだ。ちくしょう、あのカボチャ………。上層部にあることないことでっち上げて降格させてやる」
弁護士であることを疑ってしまうとんでもない呟きだ。しかしエメリーは伊達に彼とパートナーを組んでいたわけでない。慣れっこである。恨みの対象がカボチャ上司ということも関係しているらしい。
「行くぞ、お嬢。人を待たせてあんだ」
「お客さんですか?」
「違うな。頑張ってるお前への、先輩からのプレゼントだ」
プレゼント? およそ日頃の彼からは結びつきようのない単語だ。どこの風の吹き回しか。
しかも人らしい。事件の関係者とするには、フランソワの態度が軽すぎる。いったいなんだろう。
「これから人に会うってのに変な顔すんなよ。カワイコちゃんが台無しじゃねえか」
百面相するエメリーをフランソワがからかった。




