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裁きの庭  作者: いずれけす
プロローグ
3/34

そして裁きが訪れる


 深く思い巡らせていた意識を戻すと、自分の足音が鼓膜に響いた。



 とてつもなく広い、貴族の大邸宅にいるのかと錯覚させる、最高法院の長い廊下。アルバーン王国の終審裁判所であるここには、歴代の最高法(さいこうほう)院長いんちょうの肖像画と、天秤や剣といった裁判の象徴を模した装飾品などが、通る人の妨げにならないよう壁(ぎわ)に飾られている。初めて最高法院を訪れた人は、法廷に入る前に、まずこの通路が放つ威圧感に呑まれるらしい。

 くすみなく隅々(すみずみ)まで掃除の行き届いた床は滑りが良く、気をつけていないと転んでしまいそうだ。ぼうっとしていた頭を切り替えて、一歩ずつ踏み締める。


 鏡のような漆塗りの床が映すのは、やっと十代半ばを過ぎたぐらいの少女。大きめな瞳や人形を思わせる可愛らしい容貌をみると、それよりもっと幼い感じがある。


 少女が歩くたび、足音が追い駆ける。彼女の足取りが早まるにつれ、靴先も高く速く鳴った。


 そんな追いかけっこも、彼女が立ち止まったことでピタリとやむ。


 少女の視界を大きくはみ出してそびえる、艶めきを撫でつけた扉。重厚そうな焦げ茶色の表面を、窓からの陽が照らしていた。ちらちらと細かな塵が、太い光の筋に乗って扉を控えめに(あか)らめる。

 少女は胸元の書物を大事そうに抱え直し、扉を押し開いた。




 劇場の観客席よろしく何列も並んだ傍聴席は、すでに人でひしめいていた。法学院の学院生たちの姿もあれば、明らかに職人風のイカつい男まで。普段なら絶対に顔を合わせないであろう人々が席を取り合っている。


 こんなにむさ苦しい裁判は、もしかしたら王国史上初めてかもしれない。


 それもそうだろう。この裁判は、10年前からずっと尾を引いている事件の、再審なのだから。


 そして、事件の被告人の護り手が――――


 少女が入廷した途端、あたりが不気味なくらい静まり返った。重い緊張が走り、傍聴人の視線が一斉に少女を刺す。

 彼らに一瞬たりとも目をよこすことなく、少女は弁護人席に着いた。


 10年前の、国王をも巻き込んだ毒殺事件。その弁護を、彼女がするのだ。


 彼女の真向かいに立つ検察官席の男が微笑みかけた。若々しい見た目に整った顔立ち、爽やかで甘い笑みは、傍聴席の女性がぽっと頬を赤らめるほど。

 でも当の少女は相変わらずの無表情で、法壇(ほうだん)に座る裁判官たちを見上げた。最高法院長の合図で、被告人が最後に連れられた。


 被告人が法廷に現れてすぐ、傍聴席が盛り上がった。

 華奢だけれどもすらりと伸びた背筋、かすかな輝きをまとう淡い金の髪。彼らの待ちに待った、絶世の美貌の死刑囚だ。

 検察の男を遥かに上回る端整な面差しを少女に向け、被告人の瞳が強く(またた)く。少女もしっかりと頷いた。


 ――――必ず。私が助けるから。絶対、今度は離さない。


 決着をつける時が来た。

 最高法院長の手に握られた小槌(こづち)が、鳴り渡る。

 裁判の始まりだ。

 少女は覚悟を決めた。



 偽りの真実と、正された嘘。裁かれるのはどちらか。



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