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裁きの庭  作者: いずれけす
第三章 引き返すための黄金の橋
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尊敬する後輩



「言われたのはテメェで12回目だ。もう我慢なんねぇ」


 俺も人のこと言えないけど、と前置きする。


「『被告人の人生がかかってる』っつーのは建て前だろ。テメェらが気にしてるのは自分のメンツであって、負けたら自分の地位が危うくなる。もし自分が負けて、弁護連盟の評判がガタ落ちたら自分の責任になるもんな。だから押しつけたいんだ」


 ぽかんと驚く同僚を睨みつけ、フランソワの口は次々と吐き出す。


「敗訴したら被告人が死ぬ。言われなくても一番よく認識してるのはあいつだ。その上で引き受けたんだ。最初から手をつけなかった俺もとい、偉そうに文句垂れ流して何もしなかった上の連中が、あいつをけなす資格なんてない」


 エメリーの風当たりは相当強い。頭の固い上層部にはことさら嫌われている。だが彼女のおかげで、弁護連盟が注目されたのも事実なのだ。


 年齢と性別はさることながら、法廷で発した数々の主張。法律の解釈から、あらゆる依頼人の勝利を導いてきた。

 そんな彼女を間近に見せつけられて、ただただフランソワは呆気に取られた。


 エメリーの功績が積まれるたび、上層部はますます毛嫌いする。きっと今頃は、エメリーが初仕事で大失敗をかますことに賭けて祝杯を挙げているだろう。


 取り出した巻きタバコに火を点け、口に添える。たまりつつあったイラつきが落ち着いてゆく。

 やっと吸える喜びに打ち震え、フランソワは何の話をしていたか一瞬忘れてしまった。


「俺たちみたいに損得勘定で動くんじゃない。あいつは一所懸命なんだ。俺はあいつのそういうところを評価してるし、尊敬してる」

「尊敬?」


 年上が、うんと年下で経験だって浅い女の子を、尊敬?

 フランソワはうっすら笑みを浮かべた。


「口答えするし、大人しそうなナリして生意気で憎たらしいし、ふてぶてしいし、ときたまぶん殴ってやりたくなるけど、それだけちゃんと考えてるってこと」


 だからこそできる限りの協力をしてやろうじゃないかと思うのだ。


「…………だったら、フランソワ。君が受けたら良かったのに。協力するなら、君が引き受けても同じことでしょ」


 そして後輩のエメリーの助けを借りればいい。司法修習の延長線みたいだけれど。


 面倒臭がりを地で行く彼は、地味に引く手あまたの弁護士だったりする。なんだかんだで仕事がひっきりなしに舞い込んでくるのだ、それも依頼人からの指名で。

 弁護連盟は指名制をとっていないものの、依頼人が勝手にしてくることがある。彼は『暴れ馬事件』で被告人の無罪をもぎとって以来、そこら界隈(かいわい)では名が知られるようになった。


 彼ぐらいの法廷弁護士ならできそうな仕事なのに。フランソワは大仰な身振りで嫌がった。


「できれば俺はああいう、でっかい依頼だけは願い下げなんだ」

「面倒だから?」

「それもある」

「否定しろよ」


 あっけらかんとしたいつもの彼にジャンは苦笑する。


「いいじゃねーか別に。嫌なんだよ俺は。あいつだって、この事件気にしてたみたいだったし。適材適所だよ適材適所」


 本人は隠していたつもりなのだろうが、先輩はお見通しである。


 フランソワの下で司法修習をするかたわら、エメリーは事件の情報を集めていた。主にフランソワから。さり気なさを装って何回も()いてくる時点でバレバレだった。

 この仕事を押しつけた時、彼女の目が煌めいたのも、彼はもちろん見逃さなかった。


「むしろ回してやったんだから、恩を感じろって話。いい先輩だろ? 俺」

「面倒臭くて丸投げしたのを無理やり正当化したよね。今」

「いちいちうるせぇな。物事を別の角度から見るのも大事なんだぞ」


 巻きタバコを指の間に挟み、微かに揺らす。中に詰められていた細かい葉の小片が、床に散った。あとで片づけておかねばと、頭の片隅で呟く。


「なんであんなに執着してるのかは知らんが、やりたそうだったからやらせたんだ。頼んだのは俺たちだし、今さら辞めさせても後がない。そうだろ」

「…………うん」

「お嬢は途中で投げ出すような奴じゃないぞ。ちょっと強引な手を使う時はいっぱいあるけど、今回のはそういうのも必要だろ。だったらなおさら、適任だ」


 人を(いぶか)るような、鋭い睨み。諦めと、憎しみがうっすらと混じった暗い紫の虹彩。

 彼女なら、あの瞳をもとの綺麗な色彩に戻してくれる。あの青年を元いた世界に戻してくれる…………と思う。


「あとは自分が責任を取れる範囲で動いてくれりゃいい」


 大事件の弁護を名乗り出ようが、高給ほしさに金持ちの裁判を受け持とうが、構わない。

 フランソワは基本、放任主義だ。その割には世話焼きだと、この同僚にからかわれるのだが。


「…………そういえばクローデンス君の再審って、別の法廷弁護士のおかげで決まったんだったね」

「ああ」

「どんな人だったのかな」


 死んだ、とは風の噂で耳にした。だがジャンもこの春まで事件にかかわっていなかったから、詳しい部分はまったく知らない。


「さあな。変わり者だったらしいぜ」

「へえ?」


 さて。

 わざとらしくフランソワが明るい声を出し、名残惜しそうにソファから立ち上がる。


「まだ帰って来なさそうだし。ジャン、手伝ってくれるか? このソファを俺の部屋まで運ぶ」

「フランソワ…………窃盗罪だよ………法律書読んであげようか………? 刑事法第235条だよ………?」


 チッ。

 ジャンに(いさ)められて舌打ちしたフランソワ。ビクッと不穏な気配を察したジャンをよそに、視線をソファに縫いつけたまま、ひとりごちる。


「なんの因果かねぇ。そろいもそろって馬鹿みてぇに必死こいて」


 フランソワ? と問いかけて、ジャンは不安げに彼を見守る。

 部屋に侵入したり、禁断症状と戦ったり、不機嫌になったり、急に静かになったり。忙しい男である。


 無意識に口に出してしまったのだろう。自分の声にビックリしたらしく、フランソワはあっと我に返った。寂しげな横顔が、一転してニッと白い歯を零す。


「よしっ。出るぞジャン。俺は昔の恩を取り立てに行く」

「えっ。ソファはいいの?」

「お前そんなこと考えてたのか。年頃の女の子の部屋に入って物盗むとは………変態だな」

「言っとくけど、鍵もぎ取ったのは君で、盗もうとしたのも君だからね!?」

「細かいトコばっか気にしてるから髪が白いんだよ」

「白くない! 茶色い部分が頑張ってる!! あと取り立てるって何!? また悪いことする気じゃないよね!」

「お嬢1人だけにさせるのは大変だろ。先輩が後輩を心配して何が悪い」


 わめくジャンの前を通り過ぎ、フランソワは扉に手をかける。開ける前に、ふと部屋全体を振り返った。


 塔の最上階のさらに奥にある、エメリーの部屋。地上から距離が遠くて、あまり好かれない部屋。だから彼女に与えられたのだ。フランソワの周りにはそういった、嫌われ者なり変わり者なりが多い感じがする。


「なんの因果かねぇ」


 ため息混じりの述懐は、まだうるさいジャンの耳には届かない。






作中に出てくる法律の条文は、日本のものをベースにしています。あくまでもベースなので、輪昌ルール発動して新しい条文を生み出すやもしれません←



ご参考までに。


日本刑法 130条:


「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」



235条:


「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」




にしてもタバコの吸い殻の処理はちゃんとしようか。フランソワ兄貴……。



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