先輩と後輩
彼女は先輩の思いやりに甘えることにした。
「クローデンスさんに、事件当時の行動を教えてもらいました」
弁護士には、依頼の中で知り得た情報を明かしてはならない義務がある。ただし同僚や経験豊富な弁護士と事件の相談をするくらいなら許されている。そこまで禁止されていたら、新米はずっと仕事を受けられない。
エメリーがクローデンスの話をかいつまんで伝えると、フランソワは難しそうに肩をすくめた。
「確かに。あの事件は給仕人の証言で犯人があぶり出された形だったからなあ……」
フランソワは事件の詳しい事情に通じているようだ。ジャンはというと、エメリーの机の椅子にまたがって曖昧に頷いている。
「その給仕の女性や他の目撃者を捕まえて、事情を聞かないと……」
「お、おいお嬢。その言葉の裏に真っ黒なモンがあるように感じるのは気のせいか………?」
エメリーの声が若干低くなり、まとう空気が重みを増す。こういう時の彼女はものすごく荒れている。2年の付き合いでフランソワはよくよく学習していた。
「待って。エメリー。落ち着いて。気持ちは分かるけど。その女の人を憎むのは間違ってる。感情で動いちゃいけないよ」
「だって………」
エメリーは知らず、ドレスのスカートを握っていた。
「こんなのがあっていいわけないです。だってクローデンスさんの人生をどん底に落としたんですよ?」
どんなに軽い犯罪であっても、前科がついた時点で生きづらくなる。仕事にありつくのも難しい。そういう人間の行き着く先は、いかがわしい商売の並ぶ無法地帯だ。
ましてや殺人罪など。失うものが多すぎる。憎悪にさらされ、暗い牢獄に閉じ込められ、自由な世界から切り外されて。ことによっては、生きることすら許されず。
真犯人なら、当然の報いだと思う。けれどもし無実の罪だったなら?
誰からも否定されて踏みにじられる、死ぬよりむごい虚しさを、みんな考えなかったのか。給仕の人も、裁判も。
初めて感情を振り乱すエメリーを物珍しげに眺めていたフランソワが、ぼそっと零した。
「お前そんなこと言ってっけど、つい何十年前と比べりゃマシになったんだぞ。ちょっと昔なんか、金さえ積んだら連続殺人犯でも不起訴処分で無罪放免よ」
「は!?」
「俺たちとしては、あと半歩は踏み込んでほしいところだが、………当面の目標だな」
ひょうひょうと口にしたフランソワだが、とんでもない爆弾発言だ。唖然とするエメリーに彼は追い払うように手を振った。
「その感じだと、午後はもう牢塔に行かねぇのか」
「はい。図書室に行って、事件を調べるつもりです」
「ふーん」
気のない相槌。何か別のことに考えをとらわれたらしいフランソワは適当に流した。小刻みに痙攣し始めた手をひらひら振り、エメリーを追い出す。
この部屋の主人で、出て行くかどうかの決定権も彼女にあるはずなのだが。
「まっ、それは昼飯食ってからだな。まだなんだろ? さっさと降りてけ。調べモンはあとだ」
「…………先輩たちは」
「俺はまだここにいる。このソファ柔らけぇもん。なあ、俺のヤツと交換しようぜ」
本気に聞こえる提案を無視して、エメリーはため息をつく。
この人は真剣なのかそうでないのか、まるで分らない。
エメリーは踵を返し、部屋を後にした。
無機質な扉の音が閉まる。扉に阻まれていく少女の背を見送って、ジャンが面白おかしそうに瞳を和ませる。
「………若いね。ああやって感情に走れるところが」
最年少の法廷弁護士。誰もが羨む肩書きを持ち、裁判では検察に目をつけられた『歩く伝説』らしからぬ体たらくだ。
外からなんと言われようと、中身はまだまだ16歳の子供なのだと思えてきて、親のような愛おしさが芽生える。
「ねえフランソワ。あの子でほんとに大丈夫かな?」
同時に、心配も。
途端フランソワがむすっと相好をしかめた。
「知らねぇよ。あいつが『やる』って決めたんだ。俺たちがどうこう言う筋合いはねぇ」
「でも被告人の命、」
「じゃあなんでテメェが受けなかった?」
攻撃的な声音がジャンの鼓膜を突いた。




