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裁きの庭  作者: いずれけす
第三章 引き返すための黄金の橋
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全ての危険を禁ずれば



『とっとと楽になれよ。どうあがいたって逃げられないんだ。給仕人の証言がとれてる。あんた、あの女の子を口説いて骨抜きにしたそうじゃねぇか』


 取り調べ室でああ言われて、耳を疑った。

 給仕の女は、自分が目を離した隙に、クローデンスがグラスに手を伸ばしたのを横目で見たと言ったそうだ。目を離すどころか食い入るように見つめていたくせに。こちらが離れたくても放してくれなかったのに。


 クローデンスが女に捕まった場所も、グラスを並べたテーブルとは距離があった。そんな状況で、逆にどうやったらグラスに近寄れるというのだ。


 否定しても、一喝されて終わり。逃げ場を塞がれた。


「貴方は事件を目撃してないんですか?」


 クローデンスは首を縦に振った。


「伯爵も元気そうだったし、これなら今晩中は安心だろうと帰ったんだ。屋敷に心配事を置いてきていたしね」


 彼だけがすぐに帰宅した。偶然が重なって、疑いが深まった。検察はほくそ笑んだに違いない。


「取り調べはどんな感じだったんですか? なんで10年も、こんな……」

「――――っ、」

「クローデンスさん?」


 ロクにエメリーの問いかけを聞かず、跳ねるようにクローデンスが身じろぎした。ギシリ、と寝台が揺れる。


 『取り調べ』という言葉を聞いて、背筋が寒くなった。身体のあちこちが熱を引き出す。忘れたくても消せない悪夢にまた引っ張られそうだ。

 うめき声を漏らしそうな情けない唇を噛み、クローデンスは彼女を鋭い目つきで見た。心配そうに歪められた表情が、なぜかドクドクと重く脈打つ鼓動を落ち着かせてくれた。


 けれど問いには答える気にはなれなくて、彼は話をずらす。


「…………私が薬を持っていただろう。アッシュワードの人間だから」


 クローデンスが夜会に出席したそもそもの理由は、持病を抱えた伯爵の付き添いである。そうでなくとも彼は職業柄、出歩く際もいくつかの薬草を携えていた。ちょうど、彼女が腰に吊り下げている小ぶりな革袋に詰めて。


 検察がクローデンスに目をつけたのは、彼が調薬師であること、そしていつも薬草を肌身離さず身に着けていたからだった。そこを逆手に乗ったのだ。薬草の中には量を誤れば猛毒に変わるものが多い。それをワインに仕込んだのだろうと。


「確かに私は薬をいくつか持ち歩いていた。劇薬になるようなものだってある。でもそれだけで罪になるのか? 私は人を助けるために出席しただけだ。殺す気なんて毛頭なかった」


 効能のある植物は猛毒にもなる。わずかな量でも命に危険をきたすような毒性がほとんどだから、素人が使ったら大抵死ぬ。毒としてしか使えないものだってある。事実、アッシュワード家が調合する植物は、栽培すら禁止された危険な有毒植物が大半を占めている。


 だからといって誰も利用できないでいれば、むだな犠牲が増える。治る病の患者も助からない。そのため実用性の高い植物に限っては、医者か調薬師が処方することを前提に認められている。

 手術だってそう。人の身体を傷つける行為だけれど、禁止されたらもっと酷いことになる。


 『全ての危険を禁ずれば、社会は静止する』。そんな法の格言があるくらいだ。


「……………アッシュワード家は、治療も受けられない貧しい庶民のために開業したと、聞いています。(おご)らず、救うことを誇りにしてきたことも」


 弾かれたような顔つきでクローデンスが彼女を直視した。


「貴方はその誇りを受け継いでいたから、伯爵の頼みも請け負ったんですよね」


 心からの想いを、エメリーは語りかける。


 物心つく頃には兄の背中を追い駆けていた。物知りで、色んな患者ごとに合った薬を調合できる兄を、尊敬した。

 この人はどんな病気も怪我も治して、寂しがり屋なエメリーをいつも笑わせてくれた。


「そんな誇りを持っている人が、その誇りを人殺しに使うはずないです」


 証明は私がする。

 エメリーは彼の両手を取った。



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