華やかな夜会の舞台袖
冒頭から挿絵があります。苦手な方はご注意ください。
「………夜会に出席したのは、馴染みの客だったラヨシュ伯爵に頼まれたからだったんだ。別に踊るわけでも何でもない、ラヨシュ伯爵の持病が発症した時に、ただちに治療できるようにするためだった」
あの日は身だしなみの準備や必要な薬を用意するのに追われ、午後からの診察が全て取りやめになった。予約を入れていた客には申し訳ないことをしたと思う。
エメリーは静かに、顔つきを厳しくさせて聞いている。
楽しい空気でもないのに嬉しくなって、クローデンスの舌は滑らかに動いた。
「でも、実際会場に行ってみたら伯爵は勝手に女のところへ行って、2人だけにしてくれと私を追い払ったんだ」
会う相手がいなければ人目につくのも嫌だったから、すぐ会場を出た。使用人がせわしなく動き回っている廊下を適当に散歩していた。
廊下は長々としており、途中で別の通路といくつも枝分かれしていたり曲がり道が沢山あったりで、迷路にさまよい込んだ感じだった。
「手持ち無沙汰になってな。元々華やかな場所に慣れてないから、休憩室にでも行こうと思ったんだ。でも迷子になって。たまたま入ったのが配膳室だった」
配膳室では、会場のゆったりした雰囲気とは真逆に、せかせかと使用人たちがワインと食事の支度をしていた。
なぜ配膳室に行ったのかと検察に問いつめられた時は、何も返せなかった。なんとか行き着いて、唯一鍵が開いていた部屋がそこだったのだから。
いつの間にか彼らの下で作られた調書は、もはやクローデンスとは別の人間の行動記録となっていた。
否定する気力も奪われていたクローデンスは、調書の内容を確認せず、サインをした。
ただ1つだけ目に入ったのは、招待客に渡すワインはあらかじめ決められていたという部分。ワインを配る時に給仕係が混乱しないよう、色の違う盆ごとにどのテーブルへ運ぶか割り振られていたらしい。
王太子たちに運ばれる盆の色は、王色である蒼。国民の誰もが知る常識だ。あとは毒さえ持っていれば、どんな人間でも王太子に手をかけられる。
検察がどういうストーリーでクローデンスの犯罪を作るつもりか、寒気がした。
口をつぐんでぼんやりしていると、法廷弁護士の少女が慎重そうに尋ねた。
「配膳室で何をしましたか?」
細い眉がピクリと動く。彼は答えにくそうに口をもごもごさせた。
「…………給仕の女に言い寄られていた」
「ああ」
エメリーは脱力しかけた。
今でも眠気が吹っ飛んでしまう美しさを誇るクローデンスである。10年前は幼さもあり、薬をもらいに来た女性客がこぞって兄の気を引こうとしていた。エメリーもいる前で口説きにかかった人もいたほどだ。給仕人の女性が一目惚れしても、………まあ、正常な反応かもしれない。
「話を聞けば、そいつが私を告発したらしいがな」
少し空気が楽になりかけた直後、再び張り詰めた。エメリーの動きが凍りつく。色素の薄い大きめな瞳が、痛いくらい青年を真っ直ぐ見つめた。
「迷惑でしかなかったのに。一方的に話しかけてきて、トドメを刺したんだ」
クローデンスが暗い笑みを浮かべる。
「私がワイングラスに仕込むのを見たそうだ。そんな暇さえ与えなかったのに」




