囚われた雪の日 1
砂時計を逆さにしても、
時は決して返らない。
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鎖の端が埋め込まれている壁の隅に寄り、クローデンスは部屋に唯一の窓へ横顔を傾ける。淡い月明かりが格子窓を突き抜け、板張りの床に模様をつけた。
夜の空は月光で藍色がかり、クローデンスの白い肌を蒼く照らしていた。
暗く、神秘さを帯びた空気は、彼の持つ魅力となじみ合い、より一層悩ましげに仕立てている。
自分の外見など興味ない彼の脳裏には、例の娘がいた。
赤みがかった鳶色の、柔らかそうにうねった髪と、秘密めいた青灰の双眸が印象的な少女。地味な服装がかえって彼女の清楚さを引き立てていた。
彼女が姿を見せ、声をかけてきた時、なぜだか懐かしい気持ちが湧き上がった。一度も会ったことはないはずなのに、腕を引き寄せたくてたまらなかった。
もしかしたら、無意識に妹の影と重ね合わせたのかもしれない。年齢は聞いていないが、恐らく20もいってないだろう。大人びていたが子供っぽさも残っており、古風な品と愛らしさがうまい具合に調和していた。
――――あの子も、あんな風に大人っぽくなったのかな。
クローデンスは目を閉じる。
ここ数年。妹の姿を思い描いてみようとして、ずっと叶わないでいる。ちょこんとした可愛い雰囲気と声はこの身に染みついているのに、外見だけあやふやだった。
時間の間隔さえ失っていくような無機質な牢獄の中、自分を残して移り変わる。何もかも。記憶さえ。
いつか思い出は、この牢獄の生活に塗り潰されてしまうのだろう。
クローデンスは腕を胸の前で交差し、しゃがみ込む。
いっそ狂ってしまえたらと、何度願ったことか。
けれど自分にはあの子がいる。
辛くて仕方がなかった。
妹と引き離されたのは、10年前の真冬の季節。ただでさえ凍え死にそうな寒さの中、さらに雨が土砂降るものだから、わずかな体温すら奪われていくようだった。
あの日は妹とクローデンスの誕生日で、仕事を休みにしてささやかな誕生会を開いていた。料理はいつもより豪勢にして、ハーブを生地に練り込んだケーキを焼いた。
クローデンスの生まれ――――アッシュワード家は、薬草やハーブを調合する調薬師の一族だ。元は病気にかかっても貧しさで医者に診てもらえない人々のために開業したのだが、時代を追うにつれ医者や貴族たちもアッシュワード家の薬を求めるようになったそうだ。
その評判を聞きつけた宮廷は、当時アッシュワード家当主だったクローデンスの曾祖父に助けを求めた。宮廷医師すらお手上げの難病にかかった国王を、治してもらうために。
調薬師はそこらの医者よりも植物の効能について知っている。そうじゃないと仕事にならない。医者は本来手術をする役目で、それに必要な薬を作るのが助手である調薬師だったからだ。今ではそんな区別が薄れ、医者であっても薬を作る者もいるが。だが昔からの知識を受け継いできた調薬師にはかなわない。
自慢じゃないが、アッシュワード家にも植物に関する本が沢山あった。名前さえ忘れ去られた花や、庭に生えていたら必ず引っこ抜かれるような草まで。あらゆる薬草の知識が護られていた。
だからこそ宮廷は最後に曽祖父を頼ったのだろう。国王の病気を治した彼はその功績を認められ、王家の紋章の一部を家紋として与えられた。あの家紋は一族の、クローデンスの誇りだ。
アッシュワード家は人々の怪我や病気を薬で癒すことを信条としてきた。毒は作らないし何があっても売らない。貧しい人々にも無償で手を差し伸べる。幼い頃から跡継ぎとしての修業を積んでいたクローデンスも、それを忘れず胸に留めてきた。
それなのに。




