表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裁きの庭  作者: いずれけす
第二章 囚われた過去と閉ざされた日々
15/34

暴走


 冬空の瞳の奥に他の法廷弁護士にはなかった思いが閃いた。その思いをはっきりみとめたクローデンスが身じろぎする。

 鈴の音のように聞こえて、だけどたくましく響く声だ。


「助ける、な」


 耳に馴染むセリフだ。綺麗事だと悟ったのは、もうずいぶんと前。

 特に女が吐くそれは、釣り上げるために垂らしたエサみたいなものだ。


「!? ひゃっ」


 不意にクローデンスがエメリーを抱き寄せた。小さな身体が引っ張り込まれ、彼の胸に軽い衝撃をぶつける。

 戸惑う彼女に余裕を与えず、膝に抱え、壊れそうな背中を片手で支えて自分の真下でのけぞらせた。目を白黒させ、すっかり息の上がった様子に歪んだ優越感。


 お前もこうしてほしかったんだろう? クローデンスは声に出さず囁く。


 絶対に助けるわ。彼の両手を握り締めて断言した女の法廷弁護士たちの眼差しは、初めはまったく勘付けなかったけど、それとなく言い寄ってきたことで察した。彼女たちが、クローデンスを連れ出すよりも、彼の気を引こうとしていたことに。

 この少女だってそう。裁判官の覚えがめでたいなどと白髪交じりの男は言ったが、どうだか。


「クロ、………デンス、さん?」


 大好きだった手が、エメリーのこめかみを滑る。

 分からない。わけが分からない。どうしてこうなったのか。

 今は赤の他人で、彼にとっては初対面といえ、実の兄にこんなことをされるなんて。

 知らない、こんなの。自分を見下す冷ややかな微笑も、兄のものだと認めたくなかった。


「そうやって騙すんだろ。お前も」

「………へ……?」

「他の女もそうだった。いきなり馴れ馴れしくなって、調査なんかひとつもしなかった」



 『もう弁護士なんかいらない。助けると言いながら減刑の手立てしか考えんし、女の弁護士は何もしない。迷惑だ』


 ついさっき、扉越しに言われたことがよみがえる。殆ど考えていなかったけれど、あれはそういう意味だったのか。

 兄が変わってしまった原因は、エメリーの目指した法廷弁護士のせいなのだ。

 愕然と固まったエメリーをどう解釈したのか、彼はさらに彼女の耳の下を撫でた。


「何がほしい。キスか? それとも『愛している』か? たいていの女は、」

「違います!」


 エメリーはとっさに彼の手を払いのけた。彼の身体を押し返し、距離を取る。

 不意打ちを受けて(ほう)けている彼に睨みを向け、場違いな怒りをぶつけた。


「私は、そんなののために、法廷弁護士になったわけじゃありません。私がほしいのは貴方の無罪判決と、それで貴方が自由になることです」


 必死で勉強したのは、そんな光景を夢に描いていたからだ。法廷弁護士への就任は、抱いた夢を実現する第一歩だった。

 彼女の凄まじい剣幕がクローデンスをたじろがせる。気勢を()がれた反面、彼は惹かれた。

 あの眼光。意志を曲げない強烈な気迫が彼をぐらつかせた。誠実そうだと、傾きかける。


「…………どうやって?」


 クローデンスは突っぱねるように尋ねた。


 馬鹿馬鹿しい。今までも信じようとして、絶望を味わったじゃないか。

 やっていないと心から叫んだのに取り合ってくれず、最初から犯人視され続けた。ここへ閉じ込められてからずっとだ。

 弁護士は弱い人間の傍に立ってくれる味方だと教わってきた。けど本当は、そうじゃなかった。


 彼女もそんなクチだろう。舌先では耳心地の良い文句を並べ立てつつ、本心では彼をクロだと決めかかっている。騙されるなと、自分に警告した。


「できないんだろ。どうせ」


 ああ、違う。

 ただ1人。たった1人だけ。心を許せる相手がいた。二度とここへ来ることのないあの人だけ。

 あの人がいない以上、どうあがいたって無理だ。

 クローデンスは彼女を信じようと思う前に希望を捨てた。エメリーが首を横に振った。


「それを今から確かめるんです。協力して下さい」


 彼女の必死っぷりは、固く閉ざされた扉をこじ開けようとしているみたいだった。クローデンスは冷めた目で睥睨(へいげい)する。

 しょせん無駄な努力だ。



 というわけで正解はクロード兄さんはきびだんごを食べないでエメリー嬢を食べようとした、でした (ぶち壊し)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ