暴走
冬空の瞳の奥に他の法廷弁護士にはなかった思いが閃いた。その思いをはっきりみとめたクローデンスが身じろぎする。
鈴の音のように聞こえて、だけどたくましく響く声だ。
「助ける、な」
耳に馴染むセリフだ。綺麗事だと悟ったのは、もうずいぶんと前。
特に女が吐くそれは、釣り上げるために垂らしたエサみたいなものだ。
「!? ひゃっ」
不意にクローデンスがエメリーを抱き寄せた。小さな身体が引っ張り込まれ、彼の胸に軽い衝撃をぶつける。
戸惑う彼女に余裕を与えず、膝に抱え、壊れそうな背中を片手で支えて自分の真下でのけぞらせた。目を白黒させ、すっかり息の上がった様子に歪んだ優越感。
お前もこうしてほしかったんだろう? クローデンスは声に出さず囁く。
絶対に助けるわ。彼の両手を握り締めて断言した女の法廷弁護士たちの眼差しは、初めはまったく勘付けなかったけど、それとなく言い寄ってきたことで察した。彼女たちが、クローデンスを連れ出すよりも、彼の気を引こうとしていたことに。
この少女だってそう。裁判官の覚えがめでたいなどと白髪交じりの男は言ったが、どうだか。
「クロ、………デンス、さん?」
大好きだった手が、エメリーのこめかみを滑る。
分からない。わけが分からない。どうしてこうなったのか。
今は赤の他人で、彼にとっては初対面といえ、実の兄にこんなことをされるなんて。
知らない、こんなの。自分を見下す冷ややかな微笑も、兄のものだと認めたくなかった。
「そうやって騙すんだろ。お前も」
「………へ……?」
「他の女もそうだった。いきなり馴れ馴れしくなって、調査なんかひとつもしなかった」
『もう弁護士なんかいらない。助けると言いながら減刑の手立てしか考えんし、女の弁護士は何もしない。迷惑だ』
ついさっき、扉越しに言われたことがよみがえる。殆ど考えていなかったけれど、あれはそういう意味だったのか。
兄が変わってしまった原因は、エメリーの目指した法廷弁護士のせいなのだ。
愕然と固まったエメリーをどう解釈したのか、彼はさらに彼女の耳の下を撫でた。
「何がほしい。キスか? それとも『愛している』か? たいていの女は、」
「違います!」
エメリーはとっさに彼の手を払いのけた。彼の身体を押し返し、距離を取る。
不意打ちを受けて呆けている彼に睨みを向け、場違いな怒りをぶつけた。
「私は、そんなののために、法廷弁護士になったわけじゃありません。私がほしいのは貴方の無罪判決と、それで貴方が自由になることです」
必死で勉強したのは、そんな光景を夢に描いていたからだ。法廷弁護士への就任は、抱いた夢を実現する第一歩だった。
彼女の凄まじい剣幕がクローデンスをたじろがせる。気勢を殺がれた反面、彼は惹かれた。
あの眼光。意志を曲げない強烈な気迫が彼をぐらつかせた。誠実そうだと、傾きかける。
「…………どうやって?」
クローデンスは突っぱねるように尋ねた。
馬鹿馬鹿しい。今までも信じようとして、絶望を味わったじゃないか。
やっていないと心から叫んだのに取り合ってくれず、最初から犯人視され続けた。ここへ閉じ込められてからずっとだ。
弁護士は弱い人間の傍に立ってくれる味方だと教わってきた。けど本当は、そうじゃなかった。
彼女もそんなクチだろう。舌先では耳心地の良い文句を並べ立てつつ、本心では彼をクロだと決めかかっている。騙されるなと、自分に警告した。
「できないんだろ。どうせ」
ああ、違う。
ただ1人。たった1人だけ。心を許せる相手がいた。二度とここへ来ることのないあの人だけ。
あの人がいない以上、どうあがいたって無理だ。
クローデンスは彼女を信じようと思う前に希望を捨てた。エメリーが首を横に振った。
「それを今から確かめるんです。協力して下さい」
彼女の必死っぷりは、固く閉ざされた扉をこじ開けようとしているみたいだった。クローデンスは冷めた目で睥睨する。
しょせん無駄な努力だ。
というわけで正解はクロード兄さんはきびだんごを食べないでエメリー嬢を食べようとした、でした (ぶち壊し)




