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裁きの庭  作者: いずれけす
第二章 囚われた過去と閉ざされた日々
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見知らぬ残像


 涙目で2人を見送っていると、青年の視線を感じ取った。

 たちまち痛みが引き、胸に満ちたのは麻痺しそうなほどの緊張。全身がぎこちなく、息をするたび身体の中が寒い。


 腹をくくってエメリーは彼と向き合った。

 敵意を募らせた、刺々(とげとげ)しい雰囲気。全身で彼女を拒んでいるのが露骨に出ていて、覚悟はしていたけれど悲しかった。


「クローデンス・アッシュワードさんですね?」


 潤んでしまいそうになる声を引きつらせて、エメリーは早口に言った。

 頷く代わりに、クローデンスは珍しい色合いの瞳を(すが)める。

 以前に会った覚えがした。誰だったろう。

 頭より先に手が動き、彼女の前髪をかすった。若い法廷弁護士はビクッと小柄な身体をさらに縮める。

 クローデンス自身も、己の無意識の行動に驚いた。


「エメリー、だったな」


 クローデンスは彼女の名を呟き、舌で転がす。

 この響き自体は、初めて耳にした。クローデンスが昔診察していた客の中でも、思い当たる者はない。

 あの日から延々と狭い牢獄に囚われているせいでおかしくなったのだろうか。


 自嘲し、クローデンスは改めて彼女をじっくり眺め回す。

 小さな顔。愛らしく清楚な見目(みめ)。数年もすればとびきりの美人に花開くだろう、期待させる娘だった。

 すっきりした線の首を沿う、白い立襟(たちえり)。そこの切れ目から、繊細に連なる鎖がちろりと覗く。

 ペンダントか何かか。それに腰に結びつけた革袋にも、変に意識を引かれる。


 彼女の胸元で、ブローチがランプの()を受け金褐色に光った。横に長いひし形の形で、天秤の彫刻が施されている。

 とうに見飽きた、弁護士のブローチだ。


「な、な、な……なんでしょうか?」


 いきなり手を伸ばされ、今度は物みたいにじろじろ睨み据えられ、落ち着かない。思い出の兄とはまったく違う彼の振る舞いに、エメリーはたじろいだ。

 クローデンスは無言を返す。ぷいと顔を背けたのをみると、興味を失ったらしい。


 どうすればいいのだろうと戸惑いを覚えつつも、エメリーは片手でドレスのスカートをちょこんと摘まみ、膝を折った。


「…………こ、こんにちは。今日から担当の法廷弁護士になりました。仰ったとおり、エメリー・ロスです」


 エメリーはさっと青年の足元へ視線を当てる。

 左足首を締めつける鉄の(かせ)。枷の鎖は短く、(はし)が奥の壁に打ち込まれていた。青白い肌に紅い痕が見え隠れし、エメリーはいたたまれなくなる。

 牢塔は犯罪者と面会人を隔てる仕切りがない。一度鉄格子を挟む話が持ちかけられたらしく、弁護連盟が全力で反対したそうだ。


 代わりに、犯罪者が人を襲うことがないよう、部屋の奥から伸びた足枷をつけて、行動範囲を制限している。部屋自体奥行きがあるので、面会人が距離を置いておけば、手出しされる心配はない。


「初めに申し上げておきます」


 エメリーはあえてクローデンスの傍まで椅子を動かした。


「弁護士は、クロをシロにする仕事じゃありません。もし貴方がクロなら、その中で貴方が受けるのにふさわしい刑を、法廷に求めます」

「私を犯人と決めかかっているということか」


 紫の虹彩に皮肉の陰が差し、骨ばった細長い指がエメリーの右手を掴んだ。

 驚いて、引き抜こうにも締めつけられていて、血が止まりそうだ。


「そうじゃないです」


 被告人の落胆を察して、力強くエメリーは否定する。


「貴方が本当に犯人じゃないというなら、私はそれを信じます。だから貴方も私を信じて下さい。私が、貴方の無実を証明してみせます」


 彼がやったはずない。誰が何と言おうと、エメリーだけは信じる。


 ずっと一緒だったのだ、彼がどんな人か知り尽くしている。

 生まれる前に父親を亡くし、間もなくして母親とも別れてしまったエメリーを育て、慈しんできた人。優しさと愛情を沢山注いでくれた人。


 彼が人を殺したなんて嘘。


 本当はそう伝えたかった。でもエメリーは法廷弁護士で、彼は犯罪者。繋がりはない。だから言えなかった。


「私が貴方を助けます」


 暴れ出しそうな気持ちを別の言葉に丸めて、彼女は訴えた。




 エメリー嬢の革袋についての考察は ⇒ 活動報告 「革袋の謎を追え」 へどうぞ。


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