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「はぁ。憂鬱だな~」

 寝起き時と同じ言葉を思わず口にしてしまうほど、修二の気分は重かった。

 そんな修二の心と同様、雲に覆われた空、そこからは水玉が降り注いでいる。傘の下、修二の癖毛がいつもより大きな波を打つ。

(まぁ、天気予報は当たってるけどな)

 

 現代における天気予報の的中確率は十割に近い。精霊の微妙な動きで天気を予想するのだ。だが、特殊な装置と優秀な精霊術師を使っているとはいえ、精霊の微妙な動き、流れを観測するのはかなり難しいことだ。それ故の十割ではなく、十割に近いという表現である。

 また、天気予報だけでなく、精霊の動きにより、地震等の災害も予測できるようになっている。こちらは的中確率十割、予知と言った方が正確か。災害の前兆における精霊の動きは、天候の変化によるものより、大きいものだからである。さらには、耐震技術にも精霊術が取り入れられており、地震大国である日本にとっては欠かせない技術だ。

 世界に満ちた精霊の動き、流れは複雑に複雑を極めており、現在の技術ではそれを制御することはできない。その動きの変化を観測するのが精一杯なのだ。


 学院の門が見えてきた。ちらほらと新入生らしき者の姿もある。二日目から雨に打たれ、真新しい制服が汚れてしまうとは可哀そうにと、修二は何気なく考えていた。

「ん? メールか」

 修二が空いている右手で携帯を開く。メールの差出人は担任の教師、内容はとあるクラスメイトを連れてきてほしいというものだ。クラスに関しては三年間変わらないため、担任とも顔見知りだ。最も、選択授業が多いため、クラスでの授業数は控えめなものなのだが。

 そのメールにより、修二はその行く先を変える。向かう先は学院の敷地内、その外れにある教職員用の寮だ。



 □ ■ □ ■ □ ■



 修二の目の前には、教職員用の寮がある。やはり、学生用のものとは少し違う。豪華、というわけではない。雰囲気の質が違うだけで、一概にどちらが優れているとは言えない。

 学院の外れにある教職員の寮、さらにその隅にある部屋を目指し、修二は歩く。この辺りの部屋は他のものより、頑丈に作られている様子だ。

「お~い、起きてるか~? モーニングノックですよ~、お客様~」

 そう言いながら、修二は扉を叩く。ノックというには少し力が強い。だが、それでも扉の向こうから応えは返ってこない。

 痺れを切らした修二はドアノブを回す。すると、不用心なことに、すんなりと扉が開いた。

「なんだ、開いてるじゃねぇか。おい、り――」

 部屋の主である者の名を呼ぼうとした修二だが、それは小さく圧縮された衝撃により、妨げられてしまった。その衝撃を右腕で受けた修二は思わず怒鳴る。

「おい! な~にしてくれてんのかなぁ? 陸くぅん?」

  倉木陸(くらきりく)。学院の生徒で、唯一教職員寮を使っている少年だ。身長は百七十に届かず、髪も肩までは届かない程度だが、前髪は少々長いようだ。色は修二と同じ黒だが、癖はない。いつも通り、その口はへの字を描いている。その体躯は細く、少々不健康そうにも見える。修二と海斗も細く見えるが、その実筋肉はあり、健康に裏付けされた細さだ。

「うるさい……、その服は特殊繊維、問題はない」

 東霊学院の制服は全て、精霊術師が術を使いながら編みこんだものだ。当然、そうでないものとの質の差は歴然だ。防御力等、機能性はかなり高い。

 機械仕掛けで大量生産することもできるが、その場合は質が落ちてしまう。そのため、本職の精霊術師が丹精込めて編みこんだものは値が張るが、国の未来を担う学院の生徒には、本来よりも安価で提供されている。

「はぁ。もう、なぁんでもいいや。早く準備しろ、って言いたいが、もう万端か?」

 陸はすでに制服を着ており、ある程度片付いた床には、ごみの入ったコンビニの袋が落ちている。

「今日の始業式……、忘れてると思ったのか?」

 心外とばかりに目を細める陸だったが、彼は修二以上のサボリ魔だ。しかし、その優秀さは学院の歴史に名を連ねるほどであり、ある程度黙認されている。

 教職員寮は一部、研究室を兼ねることができる部屋があり、この部屋もその一つだ。公的な研究を学院の研究室で、私的な研究を自室でする教師も多い。

 生徒がその部屋を使う、このような措置がされている背景として、陸の優秀さも一つだが、もう一つ理由がある。むしろ、世界的に見れば、そちらの方が重要かもしれない。

「何だ、ちゃんと出る気だったのか。来た意味ねぇな」

「ふふ……、無駄無駄」

 陸が不敵に笑う。してやったりとでも言いたげな顔だ。一瞬頭に血が上るが、何とかその血を首から下へ流し戻す。この相手が梓だったら、迷いなく突っかかっているだろう。

「はぁ。もうなぁんでもいいや。早く行くぞ、引きこもり。ちょうど太陽も隠れてる。萎びちまうことはねぇだろ?」

 先程と同じ言葉で始まったが、その中身は皮肉だ。言うだけ言うと、修二はそそくさと部屋から出る。

「春休みの間、外で遊んでたじゃないか……」

 自身は引きこもりではないと言い聞かせるように呟き、陸も部屋を出て、修二の後を追った。



 □ ■ □ ■ □ ■



「“薬中”の桐生と“片思い”の倉木だ……」

 クラス教室へと向かおうと、校舎内を歩いている修二と陸。朝から嫌な声が聞こえてきたと、二人はげんなりしていた。名前の前にあるフレーズが嫌なのではない。噂をするような、陰口を言うような声色が鼻に着く。


 薬中。修二を陰でこう言う者は少なくない。それは良い意味とも悪い意味ともとれる。

 修二が選択科目で主に履修しているのは毒、医薬品を含む薬物、薬品の調合に関する授業だ。さらにそれに関する成績はトップクラスであり、毒物に限っては本職の精霊術師に追いつかんとする実力だ。最も、その本職の中でも、飛びぬけて優秀な、頭のおかしい者達には及ばないが。

 それ以外の興味のない授業に関しては、必修であろうとギリギリまでサボるため、薬中と呼ばれることに拍車をかけている。決して、自身が薬物中毒なのではない。強いて言うなら、薬に関する授業中毒でも言うべきか。最も、それに関する授業はサボらないだけで、他の授業と比べ、相対的に薬物が好きなように見えてしまうだけなので、それも的確ではない。

 現代においては、病気等は全て薬で治せるようになっている。そのため、不治の病などという言葉は死語であり、平均寿命はかなり延びた。最も、その調合は決して簡単なものではない。

 毒はあまり良い印象を持たれないが、人命を救うことのできる医薬品は受けが良い。そのため、学院内における修二の評価は、何だかんだと言っても、悪くないものである。


 片思い。こちらも良い、悪いどちらの意味でも取れてしまう。

 陸は精霊を愛し、精霊術に心酔している。だが、そうまで愛していても、決して精霊からは愛されない――精霊憑きになれない。その優秀さと哀れさを併せた俗称だ。さらに、陸の守霊術も片思いという表現を、さらに適したものにしてしまう。

(ま、気にすることでもねぇか)

 修二も陸も、そんなことを気にする玉ではない。だが、当人たちが気にしない、関与しないところでも、そういうものは流れ、蔓延っていくものである。


「二人とも早いね」

 自身のクラスである2-Cの扉を開けると、海斗がそう言い、駆け寄ってきた。早い、とは言うが、もうほとんどのクラスメイトが来ている。そこには天音の姿もある。

「お、天音ちゃん。昨日はお楽しみでしたかなぁん?」

 天音の身体が固まる。昨日とほぼ同じ反応だ。

「天音、昨日デートだったんだ……。ふふ、沖田さんとかな……?」

 もはやお約束の反応らしい。陸も状況をすぐに理解し、不敵な笑みを浮かべている。修二と同質のものだ。

「はぁ、全く。人の恋路をからかうものじゃないよ。もう叶っているような路だけど。天音も落ち着きなよ。沖田さんに怒られるよ」

 天音は既に身体の自由を取り戻し、修二と陸に飛びかかろうとしていたが、海斗の言葉で踏みとどまる。海斗の視線の先には二人の女子生徒がいた。

 その内の一人が天音の許嫁である、 沖田緑子(おきたみどりこ)だ。腰辺りまで伸びた黒髪に、落ち着いた表情、淑やかな雰囲気を放つ少女である。身長は百六十に若干届かず、天音とは二十センチ以上差がある。

「そ、そうだな」

 天音の怒りが引っ込む。彼がかつて漏らした愚痴によると、あれで怒るとものすごく怖いらしい。将来、尻に敷かれる運命だろう。

「そういえば。今日転入生が来るらしいよ」

 さすがは生徒会副会長、情報が早いようだ。

「へ~、それで、そいつのせい――」

「おい! 桐生!」

 修二が海斗に何か問おうとしたが、寄ってきたクラスメイトたちによって、妨げられてしまった。このどんよりした天気の中、賑やかな連中だと、適当に考えながら、自分たちのことを棚に上げ、修二は応対する。

「お前、桐生家の次男って噂は本当か!?」

 一人の男子生徒が修二を問いただす。その目には困惑が浮かんでいる。無理もないだろう。今まで普通に接してきた人間が、日本でも有数の名家である桐生家の次男かもしれないのだ。

「昔はな」

「前に関係ないって言ってなかった? もしかして、何かお家騒動的なものがあったの!?」

 今度は女子生徒が問う。こちらは先程と違い、噂好きの色が見て取れる。中々鋭いと、修二は心の中で手を叩く。

「ん~。同じ姓でもほとんど独立しているようなもんだしな~。分家の方は跡取りがいなくてよ。どの道宗家は兄が継ぐし、分家で当主になれるよう、両親の愛ってや・つ・さ」

 所々嘘が混じっているが、これで面倒事を少しは回避できるだろうと修二は考えた。

「な~んだ。事件があったとかじゃないんだ~。じゃあ別に私たちに話しても良かったじゃん」

「あははは。今時そんな事件ありゃしないってよ。言ったら今みたいな状況になって面倒になるだろ? 実際、もう宗家の人間じゃあねぇんだからよ」

 中々退かない女子生徒がいるが、うまく誤魔化していく。近くでは事情を知る三人が少し心配そうにしているが、特に問題はない。

「一年の桐生さんとも兄妹なんだよね?」

 ある意味一番重要な質問だ。おそらく、桐生家の元次男というのも、昨日の梓とのやり取りから知られてしまったのだろう。あの場にいた生徒会の誰かが漏らしたか、そうでなくとも、目や耳はそこら中にある。

「仲悪いって聞いたけど」

「この歳の兄妹なんて仲悪くても、不思議じゃねぇだろ。思春期ってやつさ。まぁそんなとこだからよ。俺は俺っていうことで、今まで通りの感じで頼むわ」

 修二は片目を瞑り、気障ったらしく言い聞かせる。もうすぐ鐘の鳴る時間だ。皆も納得した様子で、それぞれ自分の席へ向かった。



 

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