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怪盗の悪夢

「あ、そういえば。一昨日あたり、また出たらしいよ、無影の怪盗」

 まだ日も沈んだばかりの、薄い闇の中、修二の眉毛がほんの少し、ピクリと動く。二人がいるのは、昨夜と同じ、定食屋のすぐ近くだ。既にその腹は満たされている。

(情報隠ぺいも限界が来たのか)

「へぇ、今度はどこから何を掻っ攫っていったんだ?」

 ある事実を知るものなら、修二の顔に白々しさを感じるだろう。だが、海斗は気付かない。その白々しさも、普段の彼と変わらないように見えてしまう。

「諏訪部邸から精霊憑きをだって」

 諏訪部と言えば、有名な政治家の名だ。現在その名で活躍する政治家は一人、若くして優秀な期待の星だ。その父は齢七十を超え、既にまつりごとからは引退している。今ではその財力を使い、芸術品を買い漁っているという噂だ。

「あの諏訪部邸からか」

「そう。凄腕の警備兵が相当数いたみたいだけど、やっぱり影の無い人間には敵わないってことなのかな」

 無影の怪盗。その手際の良さから、どんな光も彼の影を作り出せないとして、付けられた通称だ。

 その窃盗歴は凄まじく、様々な品を盗んでいる。そのほとんどは金持ちが大枚はたいて手に入れた、精霊憑きだ。

 精霊憑きの取引は現在、案が出ているとはいえ、法律等で規制されてはいない。そのため、一部の間では、一種のステータスとされており、大金を出して購入する者が少なからずいる。だが、奇跡の象徴とも言える精霊憑きを、金で取引することに関して、抵抗のある者も多い。

 無影の怪盗の標的はそうして取引された精霊憑きだ。さらに、彼は全てではないが、盗み出したものを国連直轄の施設である、国際美術館に贈呈している。日本に存在しているが、美術館は日本の法が届かない、治外法権の場所である。だが、窃盗されたものだ。手間はかかるだろうが、取り戻せないことはないだろう。

 だが、そうしない者が多い。できないのだ。標的になっているのは政治家や代々続く名家、大会社の創立者一族などだ。そのほとんどが世間体を気にしなければならない立場にある。実際に法の場で争い、窃盗されたものを取り戻した者もいるが、世間の目は冷たいものだった。

 精霊憑きを持つという見栄、そして世間に対する体裁、その二つを天秤にかけ、最終的には後者を選ぶものが多い。現在では、無影の怪盗の行いが抑止力となり、精霊憑きの取引自体が少なくなってきている。

 このような事情があり、無影の怪盗を英雄のように扱う者も多い。国際美術館では、彼の盗み出した品の前に、人だかりができる日もあるほどだ。

「修二はどう思う? 彼のこと。彼って言っていいのか分からないけど」

「どうって言われてもな~。まぁ、窃盗犯には変わらないと思うぞ」

 修二の内心は複雑だ。だが、正直な意見でもある。

「僕は彼に聞きたいことがあるんだ」

「軍事研究所のことか?」

 軍事研究所。日本にある、無影の怪盗が一度忍び込んだことのある場所だ。

 あくまで噂に過ぎないが、彼がその施設に忍び込み、精霊術を使ったある新兵器を破壊したとされている。だが、情報が少なすぎるため、噂の域を出ず、その研究所を捜索することもできない。今となってはその噂も忘れかけられている。

「いや違うよ。僕は単純に、彼の目的を聞きたいんだ。何を考え、何を以ってしてあんなことしているのか。命を危険に晒しているだろうに」

 修二は驚いた。

 確かに、今までそれについて様々な議論がされてきた。秘密結社の一員で、精霊憑きを使い、世界を征服しようとしている。国際美術館への贈呈から、国連の、裏の汚れ仕事役、あるいはただの窃盗狂など。

 だが、海斗のそれはそういったものとは違う印象だ。

「盗んだものを、全てではないとはいえ美術館に贈呈している。わざわざ命がけで盗んだものをだよ。正気の沙汰とは思えない。何が彼をそうさせるのか、それが知りたいんだ」

「真面目だな、真面目過ぎる。誰もが崇高な目的を持って行動しているとは限らない。金で雇われてるとかじゃねぇのか? 仕事だから、ということで命を懸けるやつらもいるんだよ」

「……」

 海斗の表情は険しい。何か思いつめているようにも見える。修二の方こそ、何が海斗をそこまで駆り立てるのか、全くではないが、よくわからない。何やら、“命を懸けるほどの目的”を探しているようにも見える。

(目的に拘っているみたいだな。思春期特有の、将来への悩みってやつか?)

 この年齢ではそれも考えられる。まだ目的意識がはっきりせず、そのことを不安に思う者も多いだろう。自分はどうしたいのか、これから先何を成せばいいのかと。真面目な人間ほど、その深みに嵌っていくだろう。

「いや、やっぱり何でもない。ごめん、修二」

「そうか」

 修二が明確な答えを出す前に、海斗自ら話題を打ち切る。

(気になるが、今はどうしようもないか)

 とりあえず様子を見るかと、修二は結論を出し、この場はこれで収めることにする。海斗も年を取っていけば、自身で答えを見つけられるかもしれない。

「じゃあ、僕は寮に帰るよ。また明日」

「おう、じゃあな」

(あいつは真面目だからな~)

 修二は一人、帰り道を歩く。月が雲に隠れ、夜が深くなる。だが、街灯は変わらず、無影の怪盗を照らし、その影を作り出していた。

 


 □ ■ □ ■ □ ■



 二人の少年がいた。二人は兄弟のようだ。一人は小学校に通い始めたばかりのような年齢、もう一人は小学校を卒業したばかりのような年齢に見える。

 二人の少年は細部が異なるとはいえ、その面影は似ているようだ。兄はその顔に悦楽を浮かべ、弟は恐怖の表情を浮かべている。似た顔に、対照的な表情だ。

 兄である少年の魔の手が、弟である少年に迫る。

 弟は炎で身体を焼かれ、水で呼吸を奪われ、風で皮膚を引き裂かれ、石や土によって身体に痣を作る。喧嘩とは思えない、一方的な暴力であり、その傷は致命傷にも近い。危険な状態だ。

 兄はまるで、悪いことなどしていないかのような表情を浮かべている。この惨状が当然のものだと思っているようだ。

 ボロボロになっている弟の表情は見えない。そこにあるのは怒りか、悲しみか、絶望か、困惑か、諦めか、誰にもわからない。


 二人の少年がいた。二人は兄弟のようだ。一人は十歳、もう一人は十六歳だ。

 兄は恐怖を、弟は愉悦をその顔に浮かべている。二人とも、その様子は尋常ではない。兄は口から涎を、目から涙を流している。対して弟の表情は非常に攻撃的なものだ。とても正気とは思えない。まるで、何かに取り憑かれているようだ。いや、実際取り憑かれている。

 兄はその場から動かない。目の前の存在――実の弟が、今現在恐怖の対象である少年が迫っているというのに、足が動かない。それも当然、その足は弟の持つ、細く軽い剣で引き裂かれ、踏みつぶされ、血が飛び散り、肉が裂け、折れた骨が飛び出ているほどだ。辛うじて、足の形を保っているに過ぎず、その機能はほとんど失われている。

 兄はこの状況を理解していない。何故弟にこんな目にあわされているのか、何故今まで見下していた弟が、これほどの力を持っているのか。

 弟が兄の左手を踏みつける。瞬間、醜い音がした。それと共にその骨が砕け散る。骨だけではない。爪も砕けている。

 兄が言葉にならない悲鳴を上げるが、そんなことはお構いなしに、弟は次の標的を肘に変える。弟の足が兄の肘を踏みつけた瞬間、兄の左腕が跳ねる。本来ならば、曲がらない方向へ。

 弟がその手に持つ剣を振り上げる。兄が命乞いの言葉を吐く。これほどの傷で、まだ言葉を紡げるのかと感心したくなる。精神力が強いのか、諦めが悪く、自身の命が余程大事なのか。

 弟の剣が、人を殺す刃が、その剣先を兄の心臓の辺りへと、狙いを定める。

 そして、その刃が振り下ろされる。少女の悲痛なる声と共に。


「ッ!? ……ハァ、ハァ……」

 薄暗い部屋の中、桐生修二は目を覚ました。寝起きの人間のものとは思えないほど、その目は見開かれている。悪夢からの帰還である。その身体には、尋常ならざる量の汗が染みついている。

「夢……、か」

 長らく見ていなかった夢だ。それも、忌々しい記憶が二つも出てきた。そのことがより修二を狼狽させる。

「はぁ、憂鬱だ」

 修二がかつての出来事を夢で見たのは、梓との邂逅がきっかけだろう。

 桐生家に対して憎しみがある修二だが、同時に負い目も感じている。特に、妹である梓に対してはそれが顕著だ。だからこそ、その間で揺れるのだ。冷静さを欠く原因になってしまう。

 あるのが憎しみだけだったのなら、負い目だけだったのなら、さぞ楽だっただろう。その両方があるからこそ、修二は苦しむ。退くに退けない。頭を下げることもできない。桐生修二という少年の弱さであり、人間らしさでもある。

(シャワーでも浴びるか)

 眠気はすでに全くないが、時間はたっぷりとある。シャワーを浴びるのに十分な時間だ。汗で濡れ、気持ちの悪い身体を引き摺り、修二は部屋を出た。

 

 

 

 

 


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