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入学式

 入学式当日。学院の門、そして講堂へ繋がる道は多くの人間でごった返している。今年の入学者数は四百四名、さらにはその保護者もいる。保護者の同伴は一名のみであるため、新入生の二倍弱ほどの人数だ。

 これだけ大きい人の波を制御するのは、かなり骨の折れることだろう。そのため、腕っ節の強い教師陣が担当している。雨が降っていないのは幸いだろう。

 意外なことに、キョロキョロと辺りを見渡しているのは保護者の方が多い。代々精霊術師の家系でもなければ、実際に見る機会は少ないだろう。女性が多い気がするのは、父親が仕事で忙しいか、はたまたこういうことは女性の方が強いのか。

 新入生もまた、緊張した、神妙な面立ちで校舎を見ている。現代的な城のような校舎だ。見方によっては要塞のようにも思えるかもしれない。彼らはこれから、ここで様々なことを学び、経験することになる。受験生でも無関係者としてでもない、在校生として見る校舎は恐ろしくもあり、輝かしくも見えていることだろう。


「で、なんで桐生がいるんだ?」

「いいじゃないかよぅ、天音ちゃん」

 天音ちゃん、と修二に呼ばれているが、れっきとした、 土方天音(ひじかたあまね)という名前の少年だ。百八十を少し超す身長、体格も修二や海斗よりガッチリとしている。逆立った黒の短髪がより一層、彼を男らしく魅せる。

「昨日ちゃんと手伝いもしたわけだしさぁ。大目に見てくれよ」

 新入生及び関係者の収容もほぼ終わり、生徒会の面々もある二人を除き、講堂の端に区切られている生徒会用の座席に座っている。

「チッ」

「そうカリカリすんなって。新入生にとってめでたい日なんだからよ」

 険悪なやりとりに見えるが、二人とも仲が悪いわけではない。むしろ良いと言えるだろう。不真面目で授業をサボることの多い修二だが、その能力に関しては、天音も素直に認めている。だが、手放しで全てを認めるわけにはいかない、海斗とはまた違った堅物なのだ。

 他の生徒会の面々も、仕方がないと思っているだろう。内心ではあまり良い感情を持っていない、そんな者の存在も否定できない。だが、生徒会の仕事を、半強制的にだが手伝うこともある上、能力がないわけではないといったことから、それを表に出すことはないだろう。分別のある人間が揃っているのだ。

「そろそろ始まるみたいだ。静かにしよう」

 海斗の言葉で、周りの口が閉じる。一拍子置いた後、講堂の照明が暗くなり、これから様々な人間が、ありがたくも退屈な挨拶をする舞台上が、より鮮明に見えるようになった。



 □ ■ □ ■ □ ■



(分かってはいたけどよぉ、退屈だな)

 その程度はあれど、修二の周りにいる生徒会役員たちは同じようなことを感じているだろう。何せ、去年、あるいは一昨年も聞いたような内容なのだ。同じような人間が同じようなことを話す、最初でも退屈と感じてしまいそうな内容なのに、二回目、三回目となれば、真面目な人間でも、少しは飽きが来るというものだ。 

(特に、他の姉妹三校の言葉とかいらねぇだろ)

 日本には、北海道に北霊学院、京都に西霊学院、福岡に南霊学院があり、東霊学院を含めたこの四校のみが高等教育では、精霊術を専門的に扱っている。他の学校でも、選択制で精霊術を扱っているところもあるが、その質はこの四校に遠く及ばない。

 直接その他の三校の代表が来ているわけではないが、御祝いの言葉を承っています、という謳い文句と共に、その言葉がこの学院の教師により伝えられる。


(お、次は生徒会長様の挨拶……か)

 舞台に上がる美羽。その姿は他の者に劣らず、中々様になっている。

 当たり障りのない内容の挨拶ではあるが、年を取ったお偉いさん方よりかは、若い美少女の挨拶の方が幾分かましなものだろう。

 修二がちらりと舞台袖を覗くと、明るい茶色の髪の毛が目に入った。おそらくもう一人の副会長、美羽の懐刀、親友と呼べる女子生徒のものだろう。元々真面目ではあるが、堅物とまではいかない美羽をその対比で、実際以上に真面目に見せてしまう、明るく奔放な、人を食ったような性格の人物だ。

 おそらく、“普通の少女”である美羽のことが、彼女なりに心配なのだろうと、適当に考え、修二はその人物から目を外した。


(次だな)

 修二は美羽の挨拶を碌に聞いていない。話半分で聞いていた。だが、問題はない。お目当ては次の人物と、その次だ。

 美羽が舞台から退き、進行役の言葉と共に、次の人物――柄谷彩が舞台へ上がった。その中性的な顔には、はっきりと緊張の色が見て取れる。

「あれが、精霊憑き……」

 どこからか、声が聞こえた。あまり良い気分のものではない。噂や陰口といった、そのような印象を受ける声だ。

 精霊憑き。精霊術師にとっても超常の存在である。自分たちと違うように見えてしまうのも、仕方のないことかもしれない。

 一人の口が開くと、連鎖的にその他大勢の口が抉じ開けられ、講堂内の静寂が失われる。うるさい、とまではいかないが、耳障りなことに変わりはない。

(あいつも、大変だな……)

 修二は舞台上で、懸命に言葉を紡いでいる少年を見て、憂いの表情を浮かべた。

 人と違うというのは、悪いことではないが、やはりその疎外感、そして嫉妬の対象となるのは避けられないだろう。修二もかつては、それで悩んだことがある。彩と違い、優れているのではなく、劣っているもので、嫉妬ではなく侮蔑の対象だったが。

(ま、あまりに酷いようならフォローを入れるか)

 やっとのこと、彩の挨拶が終わった。修二は人一倍拍手をする。少々痺れのような痛みがするが、構わない。今修二が彩にしてあげることのできる、唯一の行動だ。


(ふっ、久しぶりに見るな)

 彩の次、舞台に上がったのは女子生徒だ。その挙動は彩と違い、堂々としており、自信に満ちている。

 入学試験次席の才女、名を 桐生梓(きりゅうあずさ)。桐生宗家の直系にあたる、日本でも有数のお嬢様だ。言うまでもなく、修二とその血を分けた、彼の実妹である。

 その目は鋭く、修二から少年のような無邪気さを取り除いたような印象だ。ふわふわと毛先に癖のある黒髪は、修二のものより御上品に見える。

 隣にいる天音がこちらを一瞥したような、そんな感覚を修二が掴んだ。

 土方家も桐生家には及ばないとはいえ、そこそこの名門。しかもここら一帯の地域では、かなりの力を持っている。御家騒動のようなものでもあったのかと、天音なりに感じ取ったのかもしれない。

 修二が気にするなと言わんばかりに、天音の方へ顔を傾け、片目を瞑る。天音は気持ち悪そうに顔をしかめたが、何も文句は言わず、再び舞台上へ意識を集中させた。

 修二も生徒会長とそれ以前の人物のものとは違い、彩の時と同様、舞台上を真剣に見ていた。

(端々にエリート思考が見て取れるな。家の者が誰か手を加えてるのか)

 兄である修二の知る梓は確かにプライドの高い少女だったが、それでいて平等を好んでいた。本来ならば、その、平等に関する言葉を挟むだろう。もちろん、この数年で変わってしまった可能性もあるが。

(どうせ、あのじじいだろうな)

 修二の表情が曇る。隠居した年寄りは縁側で、茶でもすすっていれば良いのにと、修二は心の中で悪態をつき、それ以降の言葉を淡々と聞いていた。



 □ ■ □ ■ □ ■



「はぁ~あ。終わったな~」

 欠伸と共に身体を伸ばし、修二が気の抜けた声を出した。質のいい座席とはいえ、こうも長時間座り続けていては辛いものがある。

 既に座席のほとんどは空になっている。新入生は予め伝えられていた教室に向かっているだろう。

「で、あの二人、生徒会に入れんの?」

「どうだろうな。教師陣は入れたがると思うぞ? 特に次席の方は」

「そうだろうね。柄谷君の方はともかく、桐生さんを入れるのには何のデメリットもないからね」

 彩は梓と違い、名門の出というわけでもなく、その実家は平凡なものだ。両親も精霊術師ではない、一般人の家系である。

 身分で生徒会役員を選出するわけではないが、こういう場合、精霊憑きという特性が悪く働いてしまう。鳶が鷹を生んだようなものだ。生徒はともかく、上のお偉いさん方の中には嫌がる者もいるだろう。彼らの目には、成り上がりのように見えるかもしれない。

 その点、梓の方は古くからの名門、桐生家のお嬢様だ。成績も優秀、その家柄も優秀となれば、何の憂いもなく、生徒会に招くことができるだろう。

「複雑か?」

「何のことかなぁん?」

「……」

 天音が聞くが、修二は誤魔化すように笑った。修二が桐生の分家、かつては宗家の者だったことを、大半の人間は知らない。同姓だということで通っている。教師でも、一部を除いて知らないくらいだ。天音と海斗は詳しいことは知らないが、宗家から分家に養子に出た、ということは既に話してある。それ故の天音の質問であり、海斗は神妙な表情をしている。

(だが、これだとさすがにバレるよな……)

 正直、この学院に梓が入学してくるのは予想外だった。六年前のことを隠したい桐生家としては、他の学院に入れるものと思っていたのだ。

(いや、なるほど。これは苦渋の選択ということか)

 代々、桐生家の人間は東霊学院に入学し、卒業していった。特にそういう由緒や伝統を重んじる桐生家だ。もしここでそれを曲げれば、何か問題が生じたと、世間に疑いの目を向けられるだろう。

 実際、その代々続くものの歪曲を期待して、嫌がらせ半分でこの学院の試験を受け、修二は入学したのだ。もちろん、それに際しての努力を彼はしていたが。

 東霊学院に入学せず、世間に疑いの目を向けられるか、入学して修二のことが露見するか。前者はそれらしい理由を見繕うことができるにはできる、後者でも事件のことは隠すことができる。苦渋には変わりないが、どちらでも良かったというわけかと、修二は結論付けた。

「ま、何とかなるだろう」

 呑気なことを言う修二だが、その顔にはやはり、若干の不安が見て取れる。だがそれ以上に、玩具を与えられた子供のような、無邪気な光がその瞳に宿っていた。



 □ ■ □ ■ □ ■

 


 学院の三か所に点在する食堂。今日に限っては、その中の一つだけが開いていない。生徒や教師用に一つ、入学式に参列したお偉いさん方用に一つ開いているのだ。

「は!? 片付けまで手伝うのか?」

「当然だ」

 昼食には少し早いが、修二は現在、男三人でのむさ苦しいランチタイムを過ごしていた。新入生が昼食前に帰った後、片付けを始めるので、こちらは早めに昼食を済ませておこうということだ。

 どうやら海斗も天音も、修二をこき使う気満々らしい。

「桐生さんも今日は普通に帰すらしいから大丈夫だよ」

「別に鉢合わせても、それはそれでいいんだけどよ」

 その言葉に海斗と天音は意外と思いつつも、どこか納得していた。そんな状況になっても、修二は飄々と楽しんでしまうのだろうと。





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