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第七話 ここからが本題

 

 大きく息を吸い、そして吐く。

 どくんどくん、と一向に鼓動が収まる様子のない心臓に手を当てて、深呼吸を続ける。

 姿勢をただし、襟をただし、俺は一指し指をゆっくりと持ち上げる。

 そして、さながら全神経を指先に集中させたかのように、この上なく慎重に人差し指を前へと押し出す。

 その先にあるものはたった一つ。

 叶伊織宅の呼び出しチャイムだ。



 なぜ、こうなったのかを順々に説明しよう。

 俺が叶伊織にこっぱみじんに振られてから、幾星霜…ではなく、そう感じられるほどの数週間がたった。

 その間、俺にも色々と思う所があったが、とりたてて進展らしい進展があったわけでもない。 踏ん切りとか、吹っ切りとか、区切りとか、俺の生煮えの恋愛感情になんらかの決着がついたわけではない。

 新しい恋の予感は、いまだ数億光年の彼方だ。


 だが人生とは進展ばかりではないし、生物の進化の最終地点は自滅と決まっているわけだから、ここで進展のない話を挿入するのも、限りある命と青春を生きる高校生男子として、やぶさかではない。



 俺が湊を怒らせて…いや、怒らせたと思ったよくる朝、俺は本当に憂鬱だった。一晩かけて怒らせた理由やら謝罪の言葉やらを考えつづけ、目の下にクマをつけて登校した俺は、バーンと後ろから思い切りどつかれて、なにごとかと振り返った。

 そこには湊がいた。

 「っはよ〜、葉くん。朝っぱらから、なに背中に哀愁、せおっちゃってんの?」

 いつもと変わらぬおどけた調子で湊はそういい、「ひでぇ顔」と俺の顔を見て笑った。

 「…湊、昨日は―――」

 「なんだよ。まだ失恋から立ち直ってないのか?」

 「湊、きのうお前がいったことって、あれさ―――」

 そういう俺を尚もさえぎって、湊は「みなさ〜ん」と通学路の真ん中で声を張り上げた。

 「ここにいる有明高校一年三組、高橋 葉は、つい先日、決死の覚悟で告白にのぞみ、見事に玉砕したかわいそうな男の子ですっ!」

 「お、おい」

 「初恋でした。生まれて初めての告白でした。こんなかわいそうな葉くんの心を癒すために、どなたか彼女に立候補してくださる危篤な女の子はいませんかぁ!?今ならもれなく童貞もついてき―――」

 「やめろ!何考えてんだ、お前」

 と俺は後ろから組み付いて、湊の口をふさぐ。

 「やだぁ」とかいう、ひそひそ声や、クスクスという女の子達忍び笑いが俺達の前を通り過ぎていく。

 よりにもよって通学路の真ん中で……同じクラスの連中だっているだろうに。

 もっとも、俺は恥ずかしさのあまり周りを見渡して確認する勇気はなかったわけだが。

 「おい、湊っ!どういうつもりだよっ」

 俺は赤面しながらも、湊の耳元に顔を寄せて小声で怒鳴った。

 湊は演技がかった抵抗の素振りをして見せると、黄色い声をあげる。

 「やだぁ。葉くん!女の子に振られたからって、男に走っちゃ嫌よぉ」

 くねくねと気持ち悪い動作を続ける湊。俺は反射的に湊を放して飛び退った。

 「て、てめぇ」

 人差し指を湊に突きつけて、怒りに震える俺を尻目に、湊はあっさりとオカマ動作をやめ、肩をすくめた。

 「とま、冗談はこのくらいにしておいて。遅刻するから先いくよ。じゃ、また後でな、葉」

 言い終わる前から、早歩きで立ち去っていく湊。ひらひらと背中ごしに手を振る。

 そういうわけで置いてけぼりをくった俺は、衆目のなか見世物パンダとしての自分に、ひとり耐えねばならなかった。

 周りの笑い声に、赤面をますます赤くし、俯きかげんをいますます深くして学校まで歩いた俺は、結果として遅刻した。


 湊が俺の質問を、強制的かつ非人道的にはぐらかしたのは、何もこれが最後ではなく、俺が例の話をむしかえそうとする度にこういう事が起こったので、俺は結局それ以上の追及を断念せざるを得なかった。

 湊がもういつも通りに傍若無人に振舞っていたように見えたせいもある。

 どうやら湊にとって、自分が「我を忘れて怒った」り、「傷ついた」りしたことは、俺を見世物パンダにしても隠蔽したい『事実』であったらしい…ということに俺が気づいたのは、しかしながら、もっとずっと後の話である。

 しかし、それはまた別の話。いつかまた別の時に語るとしよう。*



 話が脇道にそれてしまったようだ。

 話は確か…そう、なぜ俺が叶伊織宅の玄関の前に立っているかだった。約束どおり順々に説明するとしよう。今度は、あまり脱線しすぎないように。


 さて、ここからが本題になる。




* ミヒャエル・エンデ作「はてしない物語」より。

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