第四話 あるいは、エンジョコウサイ
今のってジョークだよな?と問いかける俺を、湊は思わせぶりな表情で、たっぷり十秒は引っ張った。
「さぁて、それは葉くん次第かな。ジョークの方がいい?それとも本気の方がいい?」
「おま……」
得体の知れない奴だとは前々から思ってたし、どう転んだって真っ当な青少年とはいえない奴だが、いくらなんでも犯罪まがいの事をやっていないだろう、と。
思っていた。この瞬間までは。
「葉くんだってさ、やっぱり初めては好きな人とじゃなきゃ嫌なの! とか少女漫画のキャラみたいなこと言わねぇだろ。それに処女と違って、童貞は早く捨てた方が価値があるんだぜ」
獲物を射程距離に収め冷静に距離をつめるハンターのように、湊は俺を覗き込む。俺は猫を前にした鼠の心境で身を引いた。
微笑いを含んでいるくせに、その奥に何か得体のしれないものを感じてしまう、猫の目。湊の目。
こんな湊、俺はしらない。
教えた覚えもないのに勝手に童貞と決め付けられた事も忘れて、俺は声を上げた。
「お前、まさか、ポン引きの真似事とかっ―――!」
してるんじゃないだろうな、と抗議しかけて湊に口を塞がれた。俺はもがもがと、もがついた。
しっ、と湊は唇の前に人差し指を立てて俺をたしなめる。
「馬鹿、声が大きい……下のおじさんやおばさんに聞かれたらどうすんだよ」
それは、まったくその通りだったので、俺は大人しくした。今度は小声で聞く。
「でも、まさか今の本気じゃないよな?おまえ分かってんのか?それ犯罪だぞ」
前言撤回だ。こいつは本当に根っから悪い奴かもしれない。
「おかたいねぇ。そんな事いったらお前、信号無視だって道路交通法違反だぜ。…あぁあ。もういいよ。男の友情からオファーしてやったのに、恋に恋する純情野朗には刺激が強過ぎたってかよ。別にいいぜ。一生てめぇのつくりだした偶像相手に××かいてろ」
「かいてねぇよ!」
「ああ、そうだよね。葉くん、偶像汚せないタイプだもんね。性欲処理は、好きな子への妄想じゃなくて、即物的にAV女優とかで?」
「ちげぇよっ」
腹を抱えて笑い転げる湊に、俺は真っ赤になって声を荒げる。もはや階下にいる両親の事など頭になかった。
「ていうか、そういう問題じゃないだろ!俺はお前の、お前がっ―――…そういう変な事の片棒かついでるんじゃねぇかって…」
気づけば俺はけっこう友達思いな事を言っていた。
湊も笑うのをやめて、少々バツが悪そうに頭をカリカリと掻いた。
…俺だって湊のやる事にとやかく口を出すつもりはない。先公みたいな事いうつもりもない。
愛がなきゃ、やっちゃいけないとも言わない。
ルックスだけはいい湊が何人の女の子と付き合っていようと、本人達が納得してるんだったら、とやかくはいわない。
自分の価値観を押し付けようとは思わない。
でも、援交とかそういうのは、やっぱ良くないと思う。
お金のためだって割り切っているつもりでも、セックスの対価に金を受け取り続けてたら、どっかで何かがズレてくんじゃないかと思う。
他人がどうこうかとか、そういう事じゃなくて…自分の体を切り売りしている内に、誰よりも自分自身が自分の価値を信じられなくなっちゃうんじゃないかって。
だから湊にも、そういうのに関わって欲しくない。片棒をかついで欲しくない。
たとえ参加者全員が納得づくでも、結果的に誰かを傷つけ、誰かを食い物にするような奴とは俺は友人にはなれない。
むろん「大親友」などもっての他だ。
そういう事を説教臭く、こんこんと言い聞かせると、意外にも湊は大人しく聞いていた。なんだか笑いをこらえているようにも思えたが。
「はーい。分かりました、先生」
と、ふざけているなりに従順だ。
「でも、そんな真剣にとらないでよ、葉くん。こういう年頃の高校生男子にはよくある、虚勢の潤色ってやつですよ。それに、それこそ純情ボーイの葉くんがOKするわけないから言えたんじゃん」
「虚勢だか潤色だか知らないが、俺はその手の冗談は大っ嫌いなんだ!」
どこまで本気なんだか、と俺は湊を睨み付ける。そこで湊が、らしくもなく寂しげな顔をしたことで俺はちょっと戸惑う。
後にして思えば、その時にとことん問い詰めるべきだったのだ。
しかしその後、間髪いれずに湊が落とした爆弾発言に、俺はそれどころではなくなってしまった。
「でもよ。葉くん。知ってる?叶、お前の元マドンナ。あいつってお前の大っ嫌いなエンジョコウサイ、やってるらしいよ」