第三話 傷心。悪友。男16歳。
「へえぇ〜本当に告白したんだ。でもって玉砕。いや、青春だねぇ」
人ん家の、人の部屋の、人のベッドの上にふんぞり返って好き勝手をほざいている奴は、清水湊とかいう、名前がやたらに水と因縁深い、自称、俺の「大親友」だ。
俺としては「大」や「親」の字をつけるかどうかは、目下、保留中だ。
「しかし、あれだねぇ。さっすが叶。噂に違わぬ鉄壁の防御。クールな美貌に加えて心と舌まで氷だったってか」
我が物顔で人のベッドを占有する友人。残された俺は仕方なくベッドの足を背もたれに使っている。
あるいは相談する人間の人選を誤ったかもしれないでは、と後悔しているが後の祭りだ。
正直に言えば、先日の出来事いらい俺はずっと浮上できずにいる。
いつもなら自然と斜め前方に座る叶伊織に引き寄せられていく視線も、今日は授業中ずっと意志の力で黒板に貼り付けていた。
もっとも授業なんて全然、耳に入っちゃいなかった。一日がやけに長く感じられた。
気分は最悪だ。
正直、幻滅だった。顔が綺麗だから中身まで綺麗だなんて思う方が間違ってるんだと、結果報告を聞きだしに来た目の前の友人、湊なら言うだろうが、だからといって俺の傷心が慰められるわけじゃない。
傲慢で横柄だった叶伊織。
俺のことなんて、下心丸出し、やりたい盛りの高校生男子その一とでもしか思っちゃいなかった。じゃなかったら、気持ちの悪いストーカー君だ。
汚いものでもみるかのような、あの目。あの視線。
ああ、糞。思い出しても腹が立つ。
男が恋しちゃ悪いのかよ。十六歳で初恋は気持ち悪いかよ。童貞だったら、なんか文句あっか……ああ、ここまでは言われちゃいなかったな。なんか俺、自分で墓穴掘ってる?
あぁ、でも。
思い出す。あの時の叶伊織の顔。
…………傷つけた、かな…?
罪悪感が胸をかすめ、俺をいたたまれない気持ちにさせる。
後悔。自己嫌悪。
でも、と俺は誰にともなく反論する。
だとしても酷い事を最初に言ったのはあっちだ。好きな相手に「気持ち悪い」だなんて言われた人間の気持ちを、一体あの女は考えたことがあるのか。男だったら、何いったって傷つかないとでも思ってんのか。
糞。糞。糞。
男の純情、踏みにじりやがって。
「やぁ、葉くん、オレの話ちゃんと聞いてる?」
一人で頭を抱えている俺を、湊は動物園のパンダでも見るように見下ろしていた。
普段は俺のことを「葉」と呼び捨てにするくせに、俺の両親の前と俺をからかう時だけは「葉くん」になる。
もっぱら、からかわれ役、やられキャラに徹している自分に、俺だって満足しているわけではないが、一度かたまってしまったパワーバランスは如何ともし難い。
それに湊は、腹黒で、軽薄で、ちょっとつかみ所のない奴だが、根は悪い奴ではない……たぶん。
だから、こんな情けない愚痴もこぼせる。
「…正直、告白しなきゃ良かったって思ってる。見てるだけの方が幸せだったな。夢、こわれなくてさ」
「夢?ああ、お前の『本当は心優しき孤高のクールビューティー叶伊織』な。なんだよ、そんなに落ち込むようなことか?『本当は心優しき』の部分が取れただけじゃん」
俺は時々思う。なんで俺、こいつと友達やってるんだろう?
「やっぱ、失恋の傷心には新しい恋っしょ。オレの友達、紹介して上げよっか?本命系、遊び系、どっちがイイ?やらせてくれて、後腐れのないタイプに一人いい子がいるんだけど。親友のよしみで紹介料やすくしとくよ、旦那」
「お前は女衒かっ」
と、突っ込みを入れて暫く、湊が笑わないことに気付く。
というより、こいつは元から意味もなく意味深な笑いを始終、口の端にまとわりつかせているため冗談と真面目の区別がつかないんだ。
猫のような湊の目が、俺の反応をうかがうように覗き込んでくる。
……って、アレ?
「……今の…ジョーク、だよな?」
歯切れの悪い自分が呪わしい。