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第二十三話 ぺらんの数列 (後編)

数字の話は前話同様、読み飛ばしていただいてかまいません。

またこの章はケータイからですと、じゃっかん読みにくいと思われるのでご留意ください。

「素数といえばぺランの数列……は、知らないか。フィナボッチ数列って知ってる? 黄金比の。ほら、さいきん本やら映画やらで有名になった」


「あ、『ダ・ヴィンチ暗号』のこと?」


もちろん、俺は映画しかみたことがなかったが。

『ダ・ヴィンチ暗号』の原作は世界的ベストセラーになった本で、その中で物語上の小道具として、フィナボッチ数列やら黄金比やらといったシロモノが出てくる。


しかも、フィナボッチ数列は俺のような人間でも覚えられる簡単な数列で:



1 1 2 3 5 8 13 21 34 ……



一見して分かるかもしれないが、連続する2つの項の和が次の値になるという法則ではてしなく続いていくわけだ。

最初の二項を F(1)=1、 F(2)=1 と置いて(あ、ちなみにF(1)はフィナボッチ数列の一番めの数字って意味だそうだ)、後は


F(3)=F(2)+F(1)=1+1=2


F(4)=F(3)+F(2)=2+1=3


と、ずっとそんな感じで続いていく。


叶伊織にいわせればつまりこれは、


F(n)=F(n−1)+F(n−2)


という事になる。

で、このフィナボッチ数列の隣り合わせの二項は比率がどんどん、黄金比なるものに近づいていくそうなんだが。


最初の二項の比率は:


 F(2)/F(1)=1/1= 1


次が:


 F(3)/F(2)=2/1= 2


でその後も:


 F(4)/F(3)=3/2= 1.5 


 F(5)/F(4)=5/3= 1.666……


といった具合に数列を先にいけばいくほど


黄金比φ=1.618034…… 


に近づいていくわけだそうだ。

ちなみに、黄金比というのは自然界によくあらわれる不思議な数字であるらしく、人間の骨格の比率や巻貝のくるくるウネウネから、ウサギのしすーかんすー的増加(つまりネズミ算てきにウサギが増えるわけだ)など、いたるところに見られる比率であるらしい。


昔のアーティストはこの比率を『OH! 自然界の叡智ね! 黄金ね、黄金比あるね』って叫んで珍重し、こぞって自分の作品に組み込んだらしいが。

そう、かのレオナルド・ディカプ……じゃなかった、レオナルド・ダ・ヴィンチとか。


「ぺランの数列ってのはね、フィナボッチ数列の親戚みたいなもんで……」

と叶伊織の話は続く。

ますこしばかり、テーブルの上のナプキンから引用することにする。



ぺらんの数列:


n   0  1  2  3  4  5  6  7  8  9   10  (n番目の数字)

_______________________________


P(n) 3  0  2  3  2  5  5  7  10  12  17  (ぺらんの数列)



まだ続く、ぺらん…


n   11  12  13  14  15  16  17  … (n番目の数字)

_______________________________


P(n) 22  29  39  51  68  90  119  … (ぺらんの数列)




最初の三項は初期値としてそれぞれ 3,0,2,と手前勝手にさだめられており、

それいこうの数列の規則は、 


P(n)=P(n-2)+P(n-3)


数例しめすと:


P(4)=P(2)+P(1)=0+3= 3


P(5)=P(3)+P(2)=2+0= 2


P(6)=P(4)+P(3)=3+2= 5


とまあ親戚のフィナボッチさんより、いくらかヒネたルールで続いていく。


あ、そう。だから何?

この長々しいレクチャーはなんなの?


と思ったそこの方。激しく同感いたします。あなたは俺の味方です。


しかし叶伊織にとっては違ったらしく、

「でね、ぺランの数列のすごいところはね」といささか上ずった声をだす。


『でね、私の彼氏の田中君のすごいところはね』といった風情だ。

さながら湊がAやBやCについて語るときのようである。

くっ、妬けるぜ、ぺらん。



さて、ここからがすごい所である。叶伊織の話によれば。


「nが素数の時は、P(n)は必ずnで割り切れるのよ」


どうだ、すごいだろうと言わんばかりの口調で、目でつめよられる……のは嬉しいんだけど。


肝心の数列にかんしては、

『へぇー。あーそうなんだ。割り切れるんだー』

という意外の感想しか浮かばない。


俺が「???」といった顔をしてると、また叶伊織は彼氏の田中君ならぬぺラン君のために声を張り上げた。


「つまり、ある数が合成数(素数ではない2以上の整数)かどうか、このぺランの数列をつかって調べることが出来るということよ」


まだ分からない顔をしていると叶伊織は、ナプキンをさらに五枚くらい使って説明してくれた。


「たとえば13は素数よね」


「うん」


「ぺランの数列の13項目、つまりP(13)は39。 39は13で割り切れるわ。39÷13=3でね」


「うん」


「同じように、素数17。表をしらべるとP(17)=119。これもやっぱり119÷17=7で綺麗に割り切れるわ。

逆に合成数16をとってみるとP(16)=90。 90÷16=5.625、これは綺麗に(せいすうの形では)割り切れない」


「う、ん」


なんというか計算じたいは小学生レベルなわけだが、叶伊織は暗算が得意らしくパッパとやってチャッチャと進んでくため、ついていくのがきつい。

そもそも俺は数学が苦手なわけで。

え? 算数が苦手の間違いだろって? 


「つまり、合成数かどうかわからない数、N があった時、ぺランの数列を参照して割り切れなければNは合成数であると言い切れる。素数ではないと言い切れる。

まとめると、割り切れなければNは合成数。

割り切れれば……素数で“あるかもしれない”」


ほう、なるほど。すこし分かったような。

叶伊織に毒されてきたのか、ちょっと感心してしまう。


「この方法の面白いところは、合成数のアイデンティティであるところの約数がいっさい分からないまま、その数が合成数かどうか分かるってこと。

数字の小さいうち、たとえば16の約数は2×2×2×2だから簡単だけど、904631とか大きい数になると約数はそう手軽には見つけられないわけだから」


ところで、逆は必ずしも真ではない、と叶伊織は言った。


nが素数のとき、P(n)はnで割り切れる。

しかし、P(n)がnで割り切れるからといってnが素数とは言い切れない。


たとえるならばこうだ:


二人が両思いのとき、俺は叶伊織が好きである。

しかし、俺が叶伊織を好きだからといって、二人が両思いとは限らない。


つまり、素数であったら絶対割り切れるけど、割り切れるからといってそいつが素数たぁ限らない。まあ、迂遠なこと。

素数でないこと(合成数であること)は証明できるけど、素数であることは証明できない。

あれあれあれ、また頭がこんがらがってきた。


「そういうわけで、素数であるという事は証明できないけど素数を検査するさいの消去法としてなら有用なわけ」


実際に素数探しで使われている手法の一つなのだ、と彼女は説明した。


「ちなみに、このぺランの数列にもフィナボッチ数列の黄金比みたいに、連続する二項の比率が近づいていく値があって……これをプラスチック数っていうんだけど、なんでか黄金比と違ってマイナーなのよね」


じつに残念そうに叶伊織は語る。なんだかお気に入りのインディーズの人気が出ないと嘆くファンのようだ。


「どうしてかしら? 黄金比とちがって巻貝とかパイナップルとかに関係しないのが悪いのかしら?」


いや、多分それは違うと思う。問題はもっと根本的なところにある気がする。



プラスチック数 p=1.3247……


とナプキンがまた一枚、犠牲にされていくときだった。



「高橋に叶さん、みーっけ♪」


「すごい偶然、なになに? デート? デート? デートなの!?」


「意外な組み合わせー」


マックのロゴ並に黄色い声が俺たちのテーブルに押し寄せてきた。


顔を上げると、見知った顔の女三人衆。

クラスの女子グループだ。

他の二人の名前は良くおぼえてなかったが、一人だけフルネームで分かる女子がいた。


そう、なんといってもそのグループの非公式名称は−ーつまり影でそう呼ばれているーー『相田沙耶とその取り巻きたち』。

あるいは『女王様とその下僕たち』。後者はもちろん湊が命名した。


相田沙耶。

クラスのマドンナ的存在で、小動物的カワイイ系の……そう、あの中絶発言の相田沙耶だ。


取り巻きにしゃべるにまかせ自身は沈黙をまもっていた相田沙耶は、小柄であるにもかかわらずハタからみて誰がグループの中心人物が一目で分かるような存在感の持ち主で、なるほど、女王様の貫禄だった。


相田沙耶は、断りもなしに俺たちのテーブル−ーナプキンの洪水の上に片手をついて寄りかかると、叶伊織のほうを向いた。

つぶらな瞳がまたたき、愛らしい微笑をまなじりに刻む。


「こんにちわ、叶さん」


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