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第二十二話 ぺらんの数列 (前編)

数の話の部分は、読み飛ばしてもらってもなんら問題ありません。


湊の以下略 ぱーと4:


え? 食事?……あれだな、基本はやっぱり行き着けの店だろう。

常連だったら、店の方もおろそかな扱いはしないし、不愉快なハプニングでムードがもりさがる危険性も低い。

顔が利くという所も見せ付けられればアピールになるしな。


俺の行きつけのはマックだと言うと、湊は生ぬるい視線で俺を見た。


いや、高校生で行き着けの店があって顔がきくってどうよ。

てか、それ、どんな店だよ。

あいつが言及してたのはどう考えてもラーメン屋とかじゃなさそうだ。


とにかく、そんなこんなで……


「イタリアン?」


叶伊織は難色をしめす。


「うん。嫌い?」


「いや嫌いじゃないけど、いま倹約中だから」


どうやらイタリアンは高いといいたいらしい。別にイタリアンといっても本格イタリアンってわけじゃない。

明太子スパゲッティ千五百円というのは果たしてどのくらい高いのだろう。


「あ、もちろん俺が払うよ。当たり前だよ」


「いい。後で金かえしてとか、変な口実つけて付きまとわれるのイヤだから」


「そんな事は」


「ただより高いものはなし。人を見たら泥棒と思え。うちの家訓」


冗談としたら微妙だし、本気だとしたらもっと微妙な台詞だな。


「……じゃあ、どこにしようか?」


「別にどこでもいいよ。安くて、座る場所があって、食べ物を出すところなら」


飲食品店としての優先順位を、逆さに読む叶伊織だった。





   ■



十数分後……


「BLTバーガーお一つ、トリプルチーズバーガーセットお一つ コーンポタージュお一つ、ご注文のほうは以上でよろしいでしょうか?」


う〜ん。いかに好きといっても初デートでここに来るつもりはなかったんだけどな。


五分後、二人分のトレイをもって三階に上がると、窓際に座る彼女の反対側に腰かける。


「う〜ん、こういう店ならまだマスバーガーのほうが良かったんだけどね。マックよりは」と叶伊織。


安けりゃいいんじゃなかったのかよ。マスはマックより高いぞ。

しかし、そこは惚れた弱みというヤツで。


「うん。マックより断然、マスだよね」


思ってもないことを断言する俺だった。



「ところでいくら? 私の分?」


混んでるかもしれないから、先に席をとっていてくれと頼んだのは俺だ。

フ、敵は術中にはまった。


「いや、やっぱり俺が払うよ。たかがマックだし。携帯クーポンもってたし」


ああ、俺ってば、あったまイイ。


「ああこれね。レシート」


しまった。

まだトレイの上に乗せたままだったレシートを、ひょいと取り上げる叶伊織。


「840円、840……」


「いいよいいよ、ホント。後で取立てたりしないから、せめてこれくらい払わせてよ……一応、その、デートなんだ、し……」


最後のほうの言葉が尻切れとんぼになったのは、別に俺のへたれ根性のためではない。そのときの叶伊織の表情のせいだ。


切れ長の黒眼がふっと細められ、真一文字に結ばれていた唇がほころぶ。

それは月下美人の開花を目の当たりにするくらいに、美しく奇跡的な表情だった。

そう、嘲笑でもニヒリズムでもない叶伊織の本物の笑顔は。


「きれいね……」夢見るように彼女は言った。


うん、俺もそう思う。


「これ」


そういって、叶伊織は手元のレシートをノックする。840と彼女は繰り返した。


「あ、はぁ……そうだね。キリのよい数字だね」


「エレガントな数よ。だって840は、419と421の和なんですもの」


愛しむように告げる声は、およそ彼女らしからぬ華やぎと甘さを宿していた。

そう、ちょうど『だって、彼を愛してるんですもの』とでもいうように『だって、419と421の和なんですもの』といった。


「419と421……がどうかしたの?」

聞くのがなかば義務のように感じた。


「分からない?」と彼女はボールペンを取り出し、ナプキンの上にかきなぐった。



419  421



「あ、え〜と……どっちも400台? 数字が近い?」

とりあえあず思いついたことをいってみる。トレイの上の昼食は冷めつつある。


「それもまあ関係ないこともないかな」と叶伊織。


「あ、奇数」


「けっこういい線いってるかも」


「ズバリ、『偶数ではない』!」


ぴくり、と叶伊織の表情がひきつったので、俺はそれ以上の茶々はいれなかった。

どうやら彼女は冗談を解さないタイプの人らしい。トレイの上の昼食は忘れ去られつつある。


「降参。教えてください」


「別にひっかけ問題でもなんでもなくて……ほら、どっちも素数じゃない」


彼女はそういって誇らしげに、数字をボールペンでぐるぐると囲んだ。


「ああそう、素数」


俺は頭の中で数字を検証してみた。

419は一見して割り切れない感じだけど、421なんかは割り切れてもよさそうに見えるけどな。

3と7で割ろうと試してみて割り切れないことを確認すると、俺は早々それ以上の努力をあきらめた。

ま、本人が素数っていってるからそうなんだろ。


それはそうとして……

俺は顔を上げた。


「……それってすごいの?」


「だって隣合わせに存在する二つの素数よ。隣り合わせ、つまり数字の差が2ってことね。双子素数っていって、こういうペアはけっこう珍しいんだから。それでもってその和の840が、このレシートの合計」


まるで、俺が感心しないのが非常識だとでもいうように、叶伊織はコンコンとボールペンをテーブルに打ち付けると、今度は八つ当たりのようにレシートの¥840をグルグルと囲みはじめた。

それだけでは飽き足らないのか、ふたたびナプキンの上の419と421にまで手をかける。

数字を囲む○は果てしなく増えていくようだった。


「400台には他にも三つの双子素数のペアがあるんだけどね、ペアを足して800台になるのは、たった二つだけ、さっきの419と421のペアと、431と433のペア。つまり800台の中ではこういった数に遭遇する確率は、1/50、2パーセントのチャンスなのよ」


ていうか、双子素数ってなんだったっけ。隣合わせの双子の素数。3と5とか? 11と13とか?

まあ、数字がおっきくなればそれだけ素数の分布もまばらになって珍しくなってくんだろうけど。


「あ、ああ、すごい……ね?」


そういうと叶伊織は満足気にうなずいた。

まるで419と421がほめられたのが、我が事のように誇らしい。そんな顔だ。


「なに、そういうの全部、覚えてるの?」


「覚えてないわよ。でもほら、人の顔でもあるでしょ。この顔どっかで見覚えあるなぁって。そういう感じ」


俺はナプキンに書かれた数字に目を落とし、419と421を見比べた。どの辺が顔で、どの辺が胴体なのだろう。それとも全部、顔なのか?


「それに絶対じゃないけど簡単なチェックの方法ならあるのよ。3と5をのぞく双子ペアはね、すべて6n−1と6n+1の形であらわすことができるの。nはもちろん自然数。すべてのnが双子素数になるわけじゃないけど、すべての双子素数は任意のnに対応するの……探すときとかにも、けっこう便利よ」


……へぇ、探すんだ?


気づけば、ナプキンは次々と書き足されていく数字とアルファベットでいっぱいだった。

普段の俺だったら、nなんて代数……アルファベットのくせに数字を代表するなどというケッタイな代物が出てきた時点で思考が強制終了モードに入るのだが……


叶伊織との会話が成立している現状が嬉しくて、その内容なんて正直なんでも良かった。

俺は好きな子が『マックが嫌い』といったら、間髪いれずに『俺も大ッ嫌い!』と言い切れる、そういうヤツだったんだと今日きづいた。

ごめんよ、マック。


「でね、この先もあるのよ」


「なに、今度は三つ子とか?」


「三つ子素数はすべての数字の中でたった一組しかないのよ。3と5と7のペア」


……あるんかい、三つ子。


続けて『でね、なんで一組しかないって断言できるかというとね』と証明を書き始める叶伊織。

『まず3つの連続する素数を n, n+2, n+4とおいて……』


その先は、俺にとって色即是空の世界だった。

五枚とってきたナプキンが本来の用途に使われないまま、はやなくなりかけている。


それから、叶伊織の説明は、ついに四つ子ペアにまでいたり、その逆数の総和がどうのという話になり、カッコと分数とはてしないプラスサインと、Mを横にしたようなサインが書き連ねられていった。

話は長く続き、そのあいだ俺は何度もナプキンを継ぎ足しにいかなければならなかった。


正直、数学万年赤点の俺には叶伊織の言っていることを十パーセントも理解していたわけではなかったし、本当は数学の記号なんて見るだけで鳥肌がたつくらいだったが、話す彼女の表情があんまり楽しそうなので、ずっとその顔を見ていたい一心だった。

といっても、うてる相づちはせいぜい『へぇ』『そうなんだ』『すごいね』くらいだったが。


しかし、なるほどね。

叶さんの数学の点数がやたらといい理由は、この辺にあったわけか。

好きこそ、ものの何とやらだ。


俺、数学は『大』がつくほど嫌いだけど、ちゃんと自分の好きなモノを持ってる人は好きだ。

好きなことを全身で『好き』って言える人が好きだ。

目をキラキラさせてそういう事を話す人の表情が好きだ。


なぜって、たぶん俺には、そういうものがないからだと思う。

お気に入りのマンガとか映画とかマックとか、いくらだって好きなものは並べられるけど、本当にそれが好きかって聞かれると答えられない、好きな子に嫌いと言わてしまえば節操なしに宗旨替えできる、そんな『好き』しか俺は知らない。


彼女のように目を輝かせることは出来ない。

幼稚園の時の『将来なりたいもの』の欄に『からーれんじゃー』と書いた俺は、いまだにそれよりも、なりたいものを見つけられないままでいる。



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