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第二十一話 【銀の羅針盤】は、どんな真理を指し示す?

【映画のプロローグ編】[飛ばしてもOK。読まなれないのは、むしろ本望です]


まだ、何もなかった頃。大きなバンのそれよりも前。はじめのはじめは零だった。

縦、横、高さ、そこに原点をさだめれば空間座標。数字は三。

流れる時間。過去から未来へ。時間座標は一つだけ。全て足して数字は四。

重なる世界。まじわらない平行世界。交差する世界。右に左に、上に下。過去に未来に、折り重なって。交じり合って。

さて、全部足したら、数字はいくつ?


数字の間を渡るにゃ小さな銀の塵、どれだけ目をこらしても見えない小さい粒。小さいのにとっても重い。

目には見えないのになんで銀? そんなのこちらが知りたいよ。銀でも黒でも変わらない。

塵は世界にあまねき、時間をわたる。空間を超え、次元を上に下にと大忙し。

時空を行き来するのは、きらきら銀色放浪者。

とっても不思議な力があるらしい。


世界をおさめ、皆の心をおさめる、あの教回。

教える会と書いて……いやいや、回と書いて、きょうかい。

神様はこの世界に一人だけ、教える権利もやっぱり彼等だけ。

子供をさらって何をする?

真理をうばって何をする?

銀の羅針盤はどこをさす?



『ベア・ホワイト、私に力をかしてっ! そして子供達を解放するのよ! 教回を倒すのよっ!』


かぶと熊の前に飛び出した少女は、きらめくような黄金の巻き毛を振り乱して、そう高らかに宣言した。


『その身にそぐわぬ勇気を持つ人の子よ。兜を奪われた私は、これまで死んだ熊も同然の身の上だった。だからこれより先の生は、それを取り戻してくれたお前のために使おう。お前の誇りのために戦い、お前の命を守るために死に、お前の下で騎乗されるために生きよう。今この瞬間より、この爪と牙はお前のものだ。さあ、私の名前を呼べ。命をくだせ!』


少女の求めに答えて、白い兜熊もそう高らか、かつ冗長に宣言すると、一つ大きく吼える。

それは地の底からちょくせつ腹に響いてくるような、太く重い雄たけびだった。大気がびりびりと振動し、誇り高い白兜熊の決意と思いの深さをマイラに教えた。


『ベア・ホワイトっ!』

いましがた捧げられたばかりの誓約の重さを負ってたつように、少女は凛然と声を響かせて誇り高い白兜熊の名を呼んだ。


『命を下せ!』


『ベア・ホワイトっ!』

少女は凛然と声を響かせて名を呼んだ。


『命を下せ!』


『ベア、ホワイトっ!』

少女は凛然と−ー



俺は感動に胸を熱くしつつも、隣の席の様子をそっと盗み見た。


スクリーンからの照り返しで、めまぐるしく濃度と色彩をかえる薄闇の中、その白い頬をちらちらと反射光がいろどる。

すーすーと規則ただしい寝息。


(ね、寝てるし……)


十二歳の少女マイラと兜熊の友情を描き出すシーンをそっちのけで、叶伊織は寝ていた。しかも首を傾けているのはご丁寧に俺とは反対側の空席に、だ。つまり、俺との相対距離を最大値にするような形で。

まあ赤の他人も同然な間柄でいえば当たり前といえば当たり前だが、ここまで徹底的だといっそ創造主の悪意を感じるな、うん。


それにしても、ファンタジー好きなら、必見のこの一作を前に、どうしてこうも健やかに寝息をたてられるのだろうか。俺には理解できない。

『シュレーディンガーの猫を探せ』はこれを上回る隠れた秀作なのだろうか?

それとも児童向けファンタジーではなく、ダーク・ファンタジーの方が好みだったのだろうか?

はたまたハイ・ファンタジーじゃなくてロー・ファンタジーのほうが良かったとか?


いやいや。俺は首を振る。考えすぎだ。

単に睡眠不足なのかもしれない。なにせバイト続きだったようだから。どんなバイトであるかは、まあ一まず置いといて。


(ひょっとして、今日は寝不足のところを無理して来てくれたのかな?)


脅迫者としての罪悪感と、そして、ほんの微量の幸福感が胸をかすめた。いや、無理に来させた訳だから、嬉しく思うなんてお門違いもいいところなんだろうけどさ。


それにしても、一緒に歩いてる時も思ったけど−ー


(キレイだよなぁ)


間近に見る叶伊織の顔。

満開の花のようにとか、輝く太陽のようにとか、月や星のようにとか、美しさをあらわすには色んな言葉や表現があるけど、センスの欠落した俺には、上手いところが思い浮かばない。

ただ、キレイだなぁ、と思う。


本人が寝ているので、盗み見る必要がない今、俺は初めて正面きって−ーと言えるかどうかはともかくとしてーー彼女の顔を見ることができた。


―ーしっかり男を見せてこい、葉。


いやいやいや。それはないでしょう。ズバリ、犯罪でしょう。ズバリ、公共の場でしょう。

そうじゃなくて、ないけど…・・・

こうして寝顔を見ていると、つい先日この綺麗な顔に罵倒されたことなんてウソみたいだ。この形のいい唇の下に、辛らつ極まりない毒舌が隠されているなんて、いったい誰が想像できるだろう?


糞、畜生。

映画館で居眠りしている姿が、こんなにキレイだなんて反則だ。イエローカードだ。


スクリーンから目を放し隣の彼女を注視するうちに、俺の目は暗闇に慣れ、いままで見えなかった細部までが見てとれるようになっていた。

そう、叶伊織の唇の形とか。艶とか。弾力とか。柔らかさ、とか。

そういう事を想像できるほどに近く。


長い黒髪がひと房、かしいだ首の横を流れ、胸のあたりに流れていた。

肩に首をあずけた彼女の寝姿は、抜けるように白い首筋をあらわにし、スクリーンの照り返しを映して、その純白の肌地の上を光の明滅がおどる。


襟元からのぞく華奢な鎖骨。手でつかんだら余ってしまいそうな細い肩。Tシャツ生地の下から立体的に浮かびあがる、わずかな陰影。


映画の効果音は俺の耳からフェードアウトしていく。彼女の呼吸の音だけに集約されていく。張り付いてしまったように、視線をはずせない。


その無防備に投げ出された腕に、肘かけから落ちる細い手首に、長く伸びた指に。

視線が引きはがせない。

奇妙な思考が頭をうめつくす。


どうして、手なんていう体の中でも骨ばった部位がこうも柔らかそうなんだろうとか。

触ったら、どんな感じがするんだろう、とか……


『さがれ、匹夫下郎っ!』


俺は飛び上がった。


お約束だが、声の主は少女マイラだった。ていうか西洋風ファンタジーの吹き替えが『匹夫下郎』ってどうだよ。元はなんだったんだよ。


『いいえ、そのような邪まな考えを抱くお前を、教回は決して許しません』


考えただけだよ、本当にちょこっと考えただけだ。

悲しいけど実行する勇気なんてなかったさ。


それに手をつなぐことを妄想するのがヨコシマだったら、世界中の男なんてみんな極悪もいいとこだぞ。んなこといってたら種の存続の危機だぞ。


そうこうする内にも物語は佳境にさしかかっていた。


少女マイラは施設から子供達を解放したが、それを阻止しようと立ちふさがる教回一派。

背に子供達をかばって歩み出て、これまた凛然と彼等に宣言するマイラ。

絶体絶命の窮地にあって次々と応援に駆けつけてくる、マイラが旅の途中でつちかってきた仲間達。

まさに物語のクライマックスを彩るにふさわしい総力戦闘シーンが展開する。

やがて、エンディング。

流れるエンディング・テーマ。



「すごかったわね」


「うん、すごかったよね」


って、え? 叶さん起きてたの?

……いつから???


「最後の戦闘シーン。人間がゴミのように死んでいくのね……刺されても斬られても、血は一滴も流れず、苦しみもせずに、パッと塵になって消えるのね。おそろしいご都合主義というか、新種の道徳観念というか……これ本当に児童向け? R指定じゃないの?」


叶伊織は大真面目な顔で、俺に聞くのだった。


「……あ、いや、むしろ子供向けだからじゃないの?」


「人が傷ついて、血が流れないのが児童向けなの? 人が殺されるとき、苦しまないのが子供向け?」


「えと、その、それは」


俺はしどろもどろになった。

まあ、彼等は死んだあと世界をわたる塵になったんだろうけども、言われてみれば確かに人がーー人だけじゃないけどーーわりと簡単に死ぬ映画ではあったかもしれない。


それはそうと、周りの人の視線が、いや耳が俺たちに集まっているような気が。


「そういえば12歳の主人公、目の前で悪漢を殺された時も、はじめて人が死ぬのを目の当たりにしたにしては、泰然としていたわね。ていうか、表情一つ感想一つなかったというか、完全無視?……まあ、それくらい肝がすわってないと後で、働いている職員もろとも実験施設を爆破炎上なんていう今時のテロリストも真っ青な芸当できないでしょうけど」


「……た、楽しくなかった、かな?」


「いいえ。楽しかったわよ」


叶伊織は一つ、うなずいた。


「全編とおして作者の宗教観……というかキリスト教に対する、非難、中傷、風刺がこれでもかってくらい盛り込まれてて、けっこう笑えたわ。狂信とオカルト、私生児、アルコール中毒のクマ、権威主義や教条主義に対する批判と否定……まさにカトリックに対するアンチ=テーゼね。悪の総本山の宗教組織『教回』にいたっては、まんま教会そのものだし。まあでも、ここまでやると『ダ・ヴィンチ暗号』の時みたく、ヴァチカンから抗議されるんじゃないかしら。それとも、もうされてる?」


「さ、さあ」


気づけば、子連れの母親が俺達のほうを睨み付けている。『子供の夢を壊すな』といいたいらしい。他にも映画を見て感動した人たちが、矢のような視線を俺たちにそそいでいる。


「あ、あの叶さん、そろそろ……ですね」


うわぁ。睨んでる、睨まれてるよ。白い視線の嵐だよ。


「あと、あの銀の塵だかゴミだか知らないけど、あれっていわゆる暗黒物質、ダークマターよね。なんでダークマターが銀色に発光してるのかは、人智の理解を超えてるけど」


くすくす、と叶伊織は、映画に出てきた魔女のような笑い声をたてた。


「だいたい、しゃべる熊や魔女が徘徊するような荒唐無稽な世界観に?」


それってファンタジーっていうんです。


「とってつけたかのように、ダークマターだの量子ペアだのと、安手のSF設定。ある意味、その節操のなさが新鮮だったわ」


「ちょっと、叶さん」


「第一部がこれなら第二部以降は守護神霊がタキオンになって時間をさかのぼったり、魔女が反粒子砲をもって戦うんじゃないかしら?……って何すんのよ」


手を掴むと、叶伊織が抗議の声を上げた。


「いや、周りの人の視線が……すごく怖いんで」


叶伊織は初めて気づいたとでもいう風に、周りをくるりと見渡し現場の状況を確認する。

そうして戦況が思わしくない事を悟ると、再び俺に向き直り、何ともいぶかしげな表情で俺にたずねた。


「私、なにか変なこといった?」


そんなに大きな声で話してたかな、と続ける叶伊織。


「い、いいから出よう」


俺たちは、逃げるように映画館を後にした。


叶伊織はその間も、自分の発言の何がして皆の白眼視をかうに至ったのか、良く分かっていない様子だった。

『むしろ誉めたつもりだったんだけど……』だそうだ。




え〜と。

予想以上にパロディ部分が多くなってしまいましたが、オリジナルに対する冒涜の意思は一切ありません。

というか原作の本は読んだことありません。良作だという話はよく聞きますが。

また都合により細部は多少かえてあります。

『何いってんねん、お前。全然わからへん』という方、違う意味で申し訳ありません。


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