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第十九話 する? しない?

注: サブタイトルに深い意味はありません。



降水確率五パーセント。

本日、快晴なり。


うっしゃっ!


改札を抜けた俺は、往来でガッツポーズをとる。

通行人から向けられる微温度の視線もなんら俺の心を波立たせたりはしなかった。


ふははは、愚民どもめ。

笑わば笑え。

そんなことでキミ達の心さみしい人生がなぐさめられるなら、俺はいくらだってピエロになってやろうじゃないか。


微妙に方向性の違う開き直りをする俺だった。


(さて、と)


腕時計を見ると、待ち合わせの時間までまだ一時間以上。

湊のデート攻略法その一が頭をよぎった。


−ーいいか。デートとは待ち合わせ場所に先についた方が負けだ。時間前につくなんてもっての他。

一時間も待ってたなんて事実が相手にばれてでもみろ。『こいつ、そんなに私に気があるのね』ってナめられ、おおいに足元を見られること受けあいだ。しかもその力関係は付き合いはじめた後も持続し、尾を引きつづける。

想像してみろ。その相手と結婚なんかした日には、ことあるごとに子供の前で『初デートのときお父さんったらね〜』って言われ続けるんだぜ。

注意一瞬、怪我一生。


だから遅れろ。遅れていって相手の精神状態をかく乱するんだ。

そのためには一時間や二時間じゃヌルい。最低でも五時間はいけ。


卑怯姑息などという負け犬の遠吠えには耳をかすな。これは、斬るか斬られるか、勝てば武蔵か負ければ小次郎か、そういう種類の勝負なんだ……って冗談だ。冗談だから、いちいちメモるな。そんでもって、後で『巌流島』ってウィキペってみ。


あ〜ま、遅刻は考えもんだけど、早くいきすぎるのもアレって話だ。十分前くらいに現着してたらいいだろ。おたがいケータイ持ってんだしさ。


という湊の長たらしい割には、身のないアドバイスにしたがって俺はしばらくその辺で時間をつぶしていたものの、30分前になると空白の時間にたえかねて待ち合わせ場所に向かった。


待ち合わせは南口の蒼山書店。

いまや絶滅の危機に瀕したマンガ立ち読み可の本屋さんである。


本屋なら、早くついてを立ち読みしていても決しておかしくはないだろう。ツーピースの新刊出てたし。

うん、そうしよう。気分を落ち着かせるためにも、そうしよう。


それに叶伊織のことだ。

遅刻……というか故意に遅れてきそうだな。

まあ、すっぽかされるのでもなければ少しの遅刻くらい気にしないけども。


……すっぽかしたり、しないよな?


疑問系になってきた思考をかかえて俺は自動ドアをくぐる。

ききすぎた冷房のひやっとした空気と共に俺は店内に迎え入れられた。



叶伊織がいた。




 ■   ■   ■



(え、ウソ?)


本棚の角によりかかり、片足に体重をかけたフラミンゴ・ポーズで立ち読みしているのは、やはり叶伊織だった。


俺は腕時計に目を走らせる。何度確かめようと、やはり時計の針は約束の30分後ではなく、30分前をしめしている。

なんということだ。

“俺”とのデートに、彼女が時間より前に来てるなんて。俺はほっぺたをつねりたい衝動に駆られた。


(……意外に時間には正確っていう事だな、きっと)


過度な期待はしないでおこう。


俺は叶伊織に近づいていくが、彼女はまだそれに気づかない。

以前、俺が『ふとした拍子に浮かべる』と説明した『妙に鋭くも真摯な』視線は今まさに手中のハードカバーに向けられ、俺が三歩の距離まで近づいてもそれは変わらなかった。


「こんにちは、叶さん」


し〜ん。


「おはよう」


し〜ん。

ぱらり、とページのめくられる音。


「ずいぶん早いね。どれくらい前についたの」


し〜ん。


無視デスカ?


「あのぅーー」


さらに一歩距離をつめると、叶伊織は視線を落としたまま、さっと横にどいた。

俺を本棚に用事がある他の客とでも思っていたらしかった。ホッ。


「叶さん、俺だよ。高橋葉」


そう言うと、ようやく顔を上げてくれた。


「……タカハシヨウ?」


疑問系で俺の名前をくりかえす彼女だったが俺の顔を見るうちに、ようやく認識の色が広がていく。


予想に反して、その顔が『げっ』とゆがむことはなかった。

代わりに無表情にポケットからケータイを取り出して、液晶表示を見て時間を確認した。


「来るの早くない? 待ち合わせは十一時でしょ」


それは全くもってそのとおりだが、まるで早くきた事が非難の対象ででもあるかのような物言いはどうだろう。

ていうか、俺より前に来ていたあなたは何なんですか?


「叶さんこそ、どれくらい前に来てたの?」


「一時間くらい前。約束の時間までまだあるし、もう少し読んでていい? 本」


「あ、それはもちろん。勝手に早く来たのは俺だし」


といった頃には、彼女はもう読書に戻っている。

横に突っ立っている俺は、もはや文字どおりの意味で眼中にない。


仕方がないので俺は本棚を物色するふりをしながら、読書にいそしむ彼女の姿を盗み見る事にした。


湊のデート攻略法その二: 初デート時の服装について


ーーう〜ん。葉みたいに母親がワゴンセールで買ってくる服を着てる奴に、ファッションとか言ってもナンセンスな話だな。

素人の付け焼刃はおうおうにして悲劇を産むしね。普通にカジュアル系で、モノのいいやつ着てけばいいんじゃないの?


ーーあ、でもあんまりカジュアルすぎると、デートの相手をバカにしてるみたいだから注意しとけよ。

Tシャツにジーンズとかは絶対にNGだ。そんなの着てった日には『やる気ありません』って力いっぱい叫んでるようなもんだ。


と、湊の適当なアドバイスを実行した俺の服装は二時間かけて選んだ割には、べつだん特筆することはない普通の服装。

え? もっと詳しく?

フツーの格好はフツーの格好だよ。スカートもはいてなければ、リボンも結んでないよ。

いいだろ、男の服装なんて。


そして、俺が心待ちにしていた叶伊織の私服姿はといえば……


ーー女の子は、たとえ好きな男相手じゃなくても、デートともなれば気合いを入れて、めかしこんでくるもんだ。それをもって愚かな勘違いをしないように。


うん、勘違いしないよ。

だって、だってさ湊……叶伊織の私服姿は…私服姿は、


Tシャツにジーパン。


しかもオシャレ系とかビンテージとか、そういうのじゃなくて近所のコンビニに、ちょいちょいっと、ひっかけていくような、いっそ潔いまでのカジュアルぶりだ。

普段は下ろしている綺麗な黒髪も、今日は無造作に一くくり。しかも黒いゴム紐。

メイクは……『してますか?』って感じだ。


−ーそんなの着てった日には力いっぱい『やる気ありあません』って


(叫んでますか? 力いっぱい叫んでますかっ!?)


いや、いやいや。必ずしもそうとは限らない。

……き、きっと飾らない人なんだ、叶さんは。


学生服姿の彼女が決して身だしなみに無頓着ではないという事実を、俺はこのさい無視する事にした。

そうやって自分で自分をだましているうちに時計が約束の11時を指したが、彼女が本をおく気配はなかった。


それから15分待った。


30分待った。


一時間。


俺はマンガの棚にいって『ツーピース』を読破し戻ってきた。


「あのぅ、叶さん、そろそろ」


「……ん、もう少し」


読んでる本が変わっている気がするのは気のせいだろうか。


さらに30分経過。


俺は雑誌のセクションにいって、週間少年ホップの今週号を読み終えて、また戻ってきた。


「あのぅ」


「もうちょっと」


なんだか毎朝、ベッドにしがみつく俺を起こす母親の気持ちが分かった気がした。


「……なに読んでるの?」


「本」


俺はかがんで本のタイトルをのぞき見た。


『シュレーディンガーの猫を探せ』


へぇ?

親近感がわいた。


「面白そうな本だね。ファンタジー? 推理もの? 俺、どっちも好きだよ」


まあ、いわゆる共通の話題の模索というやつだ。

俺だってたまには本を読む。

『マルニア物語』とか『腕輪物語』とか赤川一郎とか、他にも他にも……………教科書、とか。


「叶さん、そういう本読むんだ。ちょっと意外」


「……」


「どんな話? 俺も読んでみようかな」


「……」


「あ、ひょっとして俺うるさい?」


ぱたん、と叶伊織は本を閉じた。


「ごめんなさいっ! 黙ります、黙ります。口とじます。それはもう貝のように。だから、どうぞ叶さんは、心おきなく心ゆくまで読書をつづけて下さいっ」


「エルヴィン・シュレーディンガー」


「はい、すみませんっ……え?」


「っていう人の話」


エルヴィン、エルヴィン……エルビック兄弟? 錬金術師か?


「へ、へえ〜魔法使いみたいな名前だね」


そういうと、叶伊織はふっと口元に微笑をふくんだ。


「中身も魔法みたいな話かもね」


あれ? 


あれあれあれ?

叶伊織が俺の言葉に応じ、しかも笑った。

これってひょっとして、ひょっとして……いい雰囲気ってヤツ? 

それともまともに会話が成立しただけで喜ぶ俺のスタンダードに問題があるのか? 誰か教えてくれ。


叶伊織は本を棚にもどすと、スタスタと歩き出した。


「どこ行くの?」


俺の前をゆく彼女の背中が答える。


「しないんなら、それに越したことないけど」


「?」


ピタリと叶伊織が立ち止まり、肩越しに俺を振り返る。一本結びの黒髪が一拍遅れて、くるりと宙に弧を描いた。


「デート。する? しない?」


「あ」

俺は飛び上がった。

「するっ! しますします、させて頂きますとも! それはもう是非ともにっ!!」


そう叫ぶと、背後から遠慮がちに肩をたたかれた。

「あの〜お客様、申し訳ありませんが他のお客様にご迷惑ですので、大声を出されるのは…・・・」


「あ、ああっ、すみませんっ!!」


「……」


気付けば叶伊織は、はるか彼方を歩いていた。赤の他人の距離だ。

俺はもう一度、店員さんに「すみませんでした!」とあやまって彼女の背中を追いかける。


デート。

その三文字の言葉が叶伊織本人の口から出てきた、たったそれだけの事なのに、ひどく舞い上がってしまいそうな気分で。

心の中で喝采をさけぶ。


(エルヴィン・シュレーディンガーさん、ありがとうっ!)


帰りに本屋によってさっきの『シュレーディンガーの猫を探せ』なる本を買おうと心に決めた。今日みたいなご利益があるんなら、猫だろうが犬だろうが、いくらだって探す。探してみせるとも。


ああだけど……と自動ドアをくぐりながら俺は心の片隅で思った。

もし次回があるのなら、その時は叶伊織との待ち合わせに本屋はやめとこう、と。


まるで同じ感想を、その時の彼女が抱いていたことを、俺は知らない。




二時間以上、居座った挙句けっきょく一冊も買ってかないのかよ、この立ち読みップル……BY 蒼山書店店員一同

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