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第十五話 湊の本気の相手? (前編)

 「デートすることになったんだ!」


 しつこいチャイムに折れてドアを開けた途端、喜色満面の俺を見つけた湊は、そのままドアを閉じようとした。


 「ちょっと待て。いや待ってくださいよ、旦那」


 俺は年季の入ったセールスマンよろしくガッと靴をドアの間に滑り込ませ事なきを得たが、湊は閉めようとする手を放そうとしない。何気に本気だ。


 「なんでだよ。つれないな。せっかくお前がぶっ飛ぶようなビッグニュースを持ってきたのに。聞きたくないのかよ」


 「ない」


 「せっかくここまで歩いてきたのに。この人非人。冷血漢、ああ無情」


 湊は突っ込まなかった。 

 「いきなり人のアパートに押しかけてきて入れてもらえると思う方がおこがましい。こっちは今たてこんでるんだ。人ん家を訪問する場合、事前連絡は基本中の基本だろ」

 

 俺達はドアにしがみついたまま扉を間に押し合い、へし合った。


 「携帯かけたよ、何度も。二十回くらい」


 「いや、二十回は別の意味で常識ないだろ。ていうか連絡つかないなら来るな。そう言っておいただろうが」


 「二十回かけて繋がらなかったほうが悪い。そっちこそ非常識だろ」

 

 「お前と常識について論じる気はない。いいから即刻、消えうせろ」


 普段から大親友だの何だのとまとわり付いてくる割に、今日の湊は嫌に冷たい。

 いやそれ以前に、どこに行っても『消えろ』『失せろ』であしらわれる俺って。


 「俺はお前の絶世の親友じゃなかったのかよ」


 「いやそれたぶん『絶世』の使い方間違ってるだろ……」


 重い溜息。

 突っ込みにもいつもの切れがない。

 よく見れば妙に眠たそうな顔をしている。目はとろんとしているし、半開きのシャツのボタンはかけ間違えられているし、髪なんか、ぐしゃぐしゃだ。

 まだ日暮れ前だというのに、もう寝てたのか?


 「とにかく後で連絡してやるからさ、今日のところは大人しく帰ってくれないか」

 

 なんだなんだ俺は。振られた男の家に押しかけてきた元カノか。


 ん? 元カノ?


 「ひょっとして女の子が来てるのか?」

 

 「ああそうだ。だから帰れ……なんだよ、その驚いた顔は」


 「お前がそんなデリカシーを見せるなんて。本気なんだな。本気の相手なんだな、湊!……俺は、俺は、今モウレツに感動してる!」


 「死ね」


 俺の反応をおおげさだと思うなかれ。

 こいつ、清水湊は女の敵だ。少なくとも昨日までは。

 女の子との約束をドタキャンして俺の用事に付き合うなんて朝飯前。

 デートの真っ最中に俺を呼び出した挙句、デートの相手を俺に押し付けて一人ドロンなんていう事もあった。

 後日といただした所によると、どうやら可哀想な俺に恋のきっかけを作ってくれるつもりだったらしいが、本当の所は分かったものではないし、仮にどんな理由があったとしても女の子の気持ちを無視している事は変わらない。


 そんな湊に、ついに年相応の春がやって来たのだとしたら……

 

 「心からお祝いするよ。応援するよ。どんな子? 紹介して」


 好奇心を丸出しにして聞くも、湊はかたくなだった。


 「いいから帰れ。帰って『遠慮』って言葉の意味でも辞書で調べとけ」

 

 「怪しい、ますます持って怪しい!」

 扉をこじあける手に力を込めた。湊がそれを防衛しようと身構える。




 ドア越しの押し問答に終止符を打ったのは、部屋の奥から響いてきた声だった。

 「湊。バスタオルこれしかないの?」


 女の子の声。いや、女性の声といった方が正しいか。

 バスタオルという言葉に俺はフリーズし、いまさらながらに己の馬鹿さ加減に思い至ったのだった。高校生男子が彼女を一人暮らしの家に連れこんでする事といったら相場は決まってるじゃないか。

 だいたいが湊のことだ。俺でもあるまいし……

 

 そこにいたって己の無粋さに気付き顔を青ざめさせた俺に、湊は冷たい視線をくれる。

 「帰れ」


 「洗う時に柔軟材入れなかったでしょ。ごわごわしてるわ……あら、お友達?」

 ぺたぺたとバスタオル姿で風呂場から出てきた彼女は、ドアごしに俺の姿を認めると驚きもせずに、婉然えんぜんと微笑んだ。

 驚いたのは俺の方だった。


 「あ、あ、俺すぐ帰ります。お邪魔してすみませんでした!」

 頭をぶんぶんと上下に振って、周れ右しようとしたところで引きとめられた。


 「帰る必要はないわ。いま服着るから、ちょっとそこで待ってなさい。オバさんの方が退散するから」


 そうなのだ。

 自己申告どおり、彼女は高校生にとってはオバさんと呼んで何の違和感もない年の頃に見えた。どう若く見積もっても三十台後半。

 彫りの深い顔立ちやメイク、またバスタオル姿に垣間見たボディラインは、いわゆる中年女性の所帯臭さとは無縁だったが、それでも俺の母親かそれ以上の年代の女性という印象が変わるわけではなくーー

 

 「湊、手伝って」


 湊は軽く舌打ちし、硬直した俺をのこして室内に戻っていった。





 やがて身支度を整えた彼女が俺の前に立った。

 黒いスーツに真紅のルージュ、同色のマニキュアの良く似合う、いや似合いすぎる中年女性。俺は挨拶も忘れて立ち尽くしていた。

 彼女はそんな俺を面白そうに頭のてっぺんから足の爪先まで視線をはしらせて検分した挙句、おもむろに臙脂色えんじいろのブランドもののバッグから銀色のケースを出す。そこからタバコが一本取り出されるのを見てそれがシガレットケースなのだと分かった。

 Virginia Slims 

 そんな英字が印字された細長い円筒形を彼女は口にくわえ、催促するように湊を見た。


 「火」


 「勘弁してくださいよ、サエコさん。部屋の中じゃ吸わないって約束だったでしょ」


 「玄関よ、半分外みたいなもんだわ」

 

 「でも」

 

 「火」


  湊はシャツをまさぐってライターを取り出すと彼女のタバコの真下で着火させる。ながれるように自然な動作。いやに板についている。ていうか、こんなに大人しい湊って……


 「かわいい子ね、名前は」

 

 その言葉が俺に向けられたものだと気付いたのは、彼女が最初のタバコの煙を吐き出し、俺の頬に手をかけてきてからだった。

 

 「た、高橋、高橋葉です。ヨウは葉っぱの葉、タカハシは高い橋って書きます。俺は高い橋だヨウ、なんつて」

 動揺のあまり、俺は悲しい人間になった。

 

 「ふふ、湊と違って純情そう」


 「サエコさん」


 「お店には来ないの? なんならーー」

 

 「サエコさん」

 低い湊の声がそれ以上を遮った。有無を言わせぬ制止。


 「お引取りください。お願いします」


 自分に向かって下げられた頭を、サエコさんは微笑をふくんで見つめると、赤いマニキュアの指を湊のおとがいにからめて引き上げた。


 「今日はとても楽しかったわ、湊」


 上向きにされた湊の唇に、軽くねぶるような口付けを残すと、彼女は立ち尽くす俺に「また今度ね、葉くん」と言い置いて去っていった。


 後に残されたのはただ唖然とするばかりの俺と、口元につけられたルージュを手の甲でぬぐう湊だった。


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