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第一話 玉砕から始まる恋もある

 俺の名前は、高橋 葉。

 十六歳。男。高校一年生。

 葉っぱの葉と書いて「よう」と読む。

 突然だが、いま俺は人生の一大イベントに臨んでいる。

 いや、青春の、か。

 校舎裏。放課後。俺の目の前に立っている同級生の女子、叶伊織かのう いおり

 というより俺が呼び出したんだ。

 まあ、ここまでヒントを出せばどんな鈍い奴にも分かると思う。


 「こんにちは」

 と、俺は上ずった第一声を叶伊織に向かって張り上げた。

 何いってんだ? 俺。毎日クラスで顔を合わしているのに何がいまさら、こんにちはだ。ていうか、なんで俺、直立不動?

 「…ああ、うん。こんにちは」

 一人つっこみを入れるまでに気が動転してる俺は、叶伊織の気のない返答に冷や水をかけられた思いだった。

 不精っぽい、その返答に俺はおやと思う。

 それまで俺が胸の裡で暖めてきた、「本当は心優しき、孤高のクールビューティー」叶伊織像と、目の前の彼女の態度に、微妙な齟齬が生じたからだ。

 めんどくさそうに腕を組んで上空に視線をさまよわせる叶伊織の姿は…いってみれば、どこかオヤジくさい。

 そうはいっても、やはり叶伊織は美人だ。

 黒髪色白。

ロングヘアは日本人形みたいな、さらっさらのストレート。美白ブームも真っ青な肌の白さと美しさは多分すっぴんでもアップに耐えるだろう。

 中背で痩身。だが、ダイエットのしすぎにありがちな不健康な感じはしない。

すらりと伸びた体躯は、柳のなよやかさというよりは、どこまでも真っ直ぐ上に伸びる竹のようなしなやかさだ。

姿勢の違い、とでもいうのか。いっぽん芯の通った凛とした佇まいは、きょうびのくらげのように、くねくねとつかみ所のない女子高生達とは明らかに一線を画している。

 なによりもその大きくも切れ長な目がすばらしい。

 いつも憂いを含んで窓の外に向かう黒い眼差しは、ふとした拍子に妙に鋭くも真摯な光を宿し、その度に彼女をそっと盗み見ている俺の心をときめかしてきた。

 ああ、勘違いしないで欲しい。別に俺はストーカーじゃない。たまたま彼女の斜め後ろの席だったという幸運を多いに活用しているだけの話だ。好きな相手の方に自然と目がいってしまうのは、人間の性ってもんだろう?

 そういうわけで、俺は憧れのひとを前にして、舞い上がるやら、改めて見る彼女の美しさに見とれるやらで心臓を暴れ馬みたいに逸らせていた。

 「とつぜん呼び出してごめん。今まで、まともに話したこともないのに…なんでって、不思議がってるかもしれないけど……でも、ちゃんと来てくれて嬉しい」

 あらかじめ用意していた言葉が上手くでてこない。

 「…ていうか、こんな風に呼び出されたら来ざるを得ないから」

 そういって、彼女は片手にもった白い紙切れをひらひらさせた。俺が彼女の机の中に忍ばせた、呼び出しメモだ。

 メモには、


 放課後に第二校舎の裏、一本松の横で待ってます。


 とか恥ずかしいばかりにクラシックな文句が書いてある。

 面と向かって呼び出す勇気のなかった意気地なしな俺。といって、アナログなラブレターで相手に引かれるのが怖かった、中途半端に古風な俺。

 「え、と。俺、こういうのって始めてで……どういったら、いいのか」

 しかし、長い前置きに焦れた叶伊織は俺の言葉を無視して本題に入った。

 「用があるんでしょ?何?」

 つっけんどん、というか喧嘩腰というか……

 あれ?俺、敗色濃厚?

 「いや、あの、俺、ずっと君の事見ていて…」

 なんだ。このどっかで聞いたことのあるような台詞。

 「それで、気づいたら、好きになっていて」

 言う程に赤面していく俺。こんな言葉を吐いたのは、俺の短い人生の中でも、今日が生まれて始めてだ。本番は台本どおりにいかないのだと身に沁みて感じている。

 「それで?」

 と能面のような無表情で叶伊織は先を求める。

 「とりあえず、俺の気持ちを知っていて欲しかったんだ」

 暫くの沈黙の後、叶伊織は俺に聞いた。

 「知ってどうするの?」

 そういう切り替えし方をされるとは夢にも思っていなかったので、俺は泡食った。

 「…まずは、友達から、とか?」

 なんで疑問系なんだ、俺。

 でも叶伊織はたぶん俺のことなんて全然知らないだろうから、いきなり付き合ってくれなんていったところで、まずは無理だと思った訳だ。

 叶伊織はまるで押しかけセールスマンでも見るように俺を見て、そして言った。

 「君の気持ちは分かったけど、友達はいいや。パス」

 え?パス?

 パスって…その、断るにしても、もう少しモノにはいいようってもんが。

 …あるのでは?

 ちょっと待て。振られたの、俺?こんなにあっさりと?俺って、ひょっとして友達にもなりたくない奴?

 「じゃあ、そういうことで」

 くるり、と踵を返して去っていこうとする、叶伊織。

 俺はパニック寸前の頭で、彼女を引き止める言葉を探した。

 「待って!理由は!?理由を教えてよっ」

 彼女は足を止め、ちらりと俺を振り返る。

 「私、君のこと好きじゃないし、下心丸出しの友情、結ぶつもりもないし。それに、『とりあえず知って欲しかった』だけなんでしょ?知ったよ?他になにかあるの?」

 俺は言葉につまった。

 彼女の言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、俺は呼吸さえままならない。甘酸っぱかった遅咲きの初恋は、いまは苦い味しかしない。苦くて、苦くて、吐き出さずにはいられない。

 「…そういう言い方ってないんじゃない。失礼だよ。断るにしても、ものには言いようってもんがあるだろ」

 「ごめんなさい。お付き合いできません。また貴方の好意を知りつつ友達になるような無責任な真似もできません……これで満足?」

 すでにして俺の叶伊織に向けた恋心は、完膚なきまでに粉砕されていた。

 彼女に一度は向けたはずの恋愛感情が、いまは自己嫌悪の塊となって俺をさいなむ。

 こんな人間だとは思わなかった。こんな風に人の気持ちを踏みにじって楽しむような人間だったとは。

 「…俺、あんたのこと勘違いしてたよ。無口だけど、もっと相手に思いやりのある人間だと思ってた。こんな風に人を傷つける、ひどい事をいうような人間だとは…」

 声は震えていた。怒りか、悲しみか、そこに込められた感情の種類は俺にもわからない。

 「あのさぁ」

 と叶伊織はわずらわしげに、そんな俺を横目に見て憎らしいほどに平然と続けた。

 「私のこと失礼っていうんなら、君はどうなの?人の都合も聞かずに勝手に呼び出してさ。果たし状じゃないんだから……大体さ、君だって私のこと全然知らないはずなのに、いきなり好きって何?私の何が気に入ったの?外見?」

 俺は言葉を返せなった。

素敵だと思っていた切れ長の瞳が、今は酷薄な光を湛えて息も絶え絶えな俺を追い詰めていく。

 「私のこと勘違いしてたって?私のこと全然知りもしないくせに、ひとりで好き勝手な妄想抱いて、勝手に幻滅されてたんじゃ、こっちだってたまったもんじゃないわよ。どっちが酷いこといってるのか、少しは考えてみたら?」

 心がえぐられる。血を流す。自分が惨めで、恥ずかしくて、どうしようもなかった。しかし叶伊織は残酷無比に追い討ちをかける。

 「そもそも、呼び出しといて、どうでもいい前置きしないで。もじもじするくらいなら、最初から呼び出さないでよ。気持ち悪い」

 この瞬間、俺の頭の中で何かが音たてて、ぶちり、と切れた。





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