救出作戦 その3
《九月 十四日 PM2:45》
その頃、エナは教師に捕まっていた。
「お前で二人目だな、いい加減にあきらめたらどうだ」
苛立った顔の教師とは反対にエナは笑っていた。
「まだ諦めませんよ。きっと私達の仲間が助けに来てくれると信じてますから。それに先生達はまだ私も含め二人しか捕まえていじゃないですか。こっちのほうが圧倒的に有利です」
「くっ」
この反応を見てエナは心の中でほっとした。
(教師達にこちらの人数はばれていない)
実際に中心として事件を起こしているのがあと二人しかいないと知っていたらエナ達が拠点としている体育館を力技で攻め落とすだろう。
「だが一棟を取り戻した。体育館を攻め落とすのも時間の問題だ」
一棟を制圧していたのはペンデを中心とした生徒達だけだったのだから彼が捕まってしまったのならそこが制圧されるのは当たり前である。
実際、ペンデは自分が捕まるときに他の生徒を逃がしていた。
人がいなければそこを占拠することはできない。
会話をしているうちにエナは三棟の物置部屋にまで連れてこられた。
「エナ!」
中から驚いたような顔をしたペンデがいた。
ペンデは芋虫のように這ってエナに近づこうとしたが教師に背中を踏まれそれ以上進めなくなる。
「ほお、あまり頑丈じゃなさそうなのが来たな。よし、こうしよう」
その場にいた教頭先生がこの場で初めて喋った。
「ペンデだかペンタだか知らないがそこのお前」
「ついさっき名乗った名前くらい覚えててほしいよな」
ペンデのぼやきを無視して教頭が続ける。
「さっきの質問の答えを吐け。吐かないようならこのエナとかいう奴を痛めつける」
「なっ!」
ペンデが教師の足の下で暴れるのをやめる。
「さあどうする?」
「くっ」
しかし最初に話したのはエナだった。
「先生達こんなところに集まってていいの? そろそろ私達の仲間が反撃を開始する時間だけど」
ペンデが「えっ?」という顔をし、教師達がどよめく。
「こんなはったりにだまされるな!」
教頭が怒鳴り教師達の混乱を収める。
「こいつらに反撃できるような戦力はない。だからこそあの体育館に立て籠もって――」
「前線から連絡、敵が反撃を開始、一棟前にバリケードが造られて攻めあぐねているようです!」
「なに!」
予想外の事態におちいり、教頭が絶叫した。
「ね、いったとおりだよ」
エナが言うと教頭は悔しそうに唇をかみしめた。
「なにをしている。こんなところにいないで全員応援に行かんか! こいつらは私が見張っている」
言われて教師達があたふたと物置部屋から出て行った。
そして、物置部屋につかの間の静寂が訪れた。
「(おいエナ、どうしてここにいるんだよ。体育館にいればよかっただろ)」
ペンデが教頭に聞こえないように口を出来るだけ動かさないでしゃべる。
「(ペンデを助けに来たんだよ。あたりまえでしょ)」
「(はぁぁぁぁっ!? 俺のことなんてどうでもいいんだよ。ブレインがいなくなったら困るだろうが)」
「(どうでもよくないよ。ペンデは私達の仲間なんだよ。それに――)」
喋りながらエナはペンデの印象が初めて会った時と違うな。と考えていた。
(最初はただ軽い人かと思ってたけど。そうでもないみたいだ)
「(エナ?)」
言葉を途中で切ったエナをペンデがいぶかしむ。
「(なんでもないよ。それに私達の作戦は一人でも捕まっていたら成功しないんだよ。ほら、もう脱出するよ)」
ペンデの手に何かが当たる。
見るとエナの手にはカッターがあり、ペンデの手に巻かれていたガムテープを切っていた。
エナの靴下とズボンの裾がまくれている、おそらくそこにカッターを隠していたのだろう。
「(お前、まさかわざと捕まったのか?)」
「(えへん、すごいでしょ。さ、隙を見て脱出するよ)」
会話している間にエナはペンデの足に巻かれていたガムテープを切っていた。
「(わかった)」
だが、隙を突く必要はなくなった。
なぜなら、物置の扉がゴバンッと冗談のような音を立てて吹き飛んだからだ。
そして、ドアをけり破った人影はそのまま教頭を取り押さえる。
「秋村!」
「秋村君! どうして」
扉を蹴破って現れたのは秋村だった。
「…………そこのエナとやらがここに連れ込まれたのを見てな」
秋村が言うには、どうもエナが連れ込まれた後、部屋の外で聞き耳を立てていたらしい。
「それで。答えは出たの?」
「…………ああ、お前たちの必死な様子が伝わってきた。遊びでも、冗談でもないというその必死さが」
「ははは、仲間になるだけのことなのにずいぶんと回り道をしてくれたもんだぜ」
ペンデが笑いながら立ち上がる。
「で、エナ。秋村の呼び方は次からどうしたらいいんだ?」
「秋村君。君には私たちの仲間になってもらうにあたって、エクシ、と名乗ってほしい。いいかな?」
「…………かまわん。どう呼ばれようと俺は俺だ」
「で、次はそいつの処分だが」
「教頭先生は縛って動けなくしたら放っておいていいよ」
「…………わかった」
教頭の顔が心なしか青ざめる。
「待て」
そこで教頭の表情がほっとしたかのようになった。
「そいつは俺が拷問して情報を引き出すのに使う」
「…………そうか」
教頭の顔が絶望に染まった。
震え上がっている教頭を見て笑顔を作った。
「安心しろ。お前らの拷問と違って痛くはないから。ただ――――」
教頭の手足をガムテープで固定していたペンデはさっきとは違う、どこか残酷さを感じられる笑みをした。
「ここまでやってくれたんだ。覚悟だけはしてくれや」
教頭の口から声にならない悲鳴が上がった。