新学期 その2
《九月 十四日 PM0:50》
「お前たち面白いこと始めようとしてるな」
これは私たちの部活動申請書を見た高村先生の言葉。
「わかりますか?」
「わかるさ。これでも数年前には学生だったんだ」
そして先生はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「それで? いったい何をするつもりなんだ?」
「それは先生にも言えませんよ。言ったら学校側に漏れるかもしれないし。先生が教師である以上言うことはできませんよ」
「おれはこの部の顧問になるのを断ることもできるんだが」
二人とも沈黙し、その間に重たい空気が漂う。
先に静寂を破ったのは高村先生だった。
「教師としては止めるべきなんだろうけど……いいだろう。顧問になってやる。顧問の名前としておれの名前を使ってもいいぞ」
先生はそう言うと申請書にサインしてくれた。
さっきまでのぎすぎすした空気などまるでなかったかのような笑顔である。
「ありがとうございます」
エナは笑顔でお礼を言い申請書を受け取る。
「一つ聞きたいんだがいいか?」
「なんですか」
「もし俺が断っていたらどうするつもりだった」
「……」
再び、エナと高村先生との間に険悪な空気が流れる。
今度は先に静寂を破ったのはエナの方だった。
「いやですねー先生。断られなかったからいいじゃないですか」
「真面目に聞いているんだ」
エナは何か言い返そうとしたが高村先生の顔がいつになく真剣だったのを見て言葉を詰まらせた。
そしてしばらく考えてから――――笑った。
それは妖艶でそれでいてどこか悲しみを感じさせる、そんな笑みだった。
高村先生はそのとき得体のしれない寒気を感じ思わず何も持っていない左手を強く握りしめた。
その手の中にべっとりとした汗がにじみ出してくる。
「弱みの多い教師を探して、その弱みを使って脅そうと思ってました。何せこの御時世ですから、弱みのある教師には事欠きませんよ」
「……そうか」
「先生、質問はもうこれでいいですか?」
「ああ。だが、意外だったな、本当のことを話してくれるとはな」
するとエナは急にいつもの笑顔に戻った。
「これでも先生のことを結構信用してるんですよ」
「そうかい。じゃあ、がんばれよ」
「ありがとうございました」
エナが立ち去った後高村先生はしばらくの間その場から動くことができなかった。