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スタートライン

《七月 十二日 AM7:45》

 朝起きて顔を洗い、肩辺りまで伸びた髪についた寝癖を丁寧に直していく。

 ある程度身だしなみを整えると狭いワンルームのアパートの小さな台所で朝食を作り、一緒に食事をする人間もいないので一人でその朝食を食べる。

 朝食を終えると歯を磨き、パジャマ脱いでその140㎝前半しかない小さな体を普段着で包む。

 それ以外は何もない。

 平凡で退屈。

 それがエナの日常だった。

 アパートの玄関からドアを開けて外に出ると近所のおばちゃんが立っていた。

 おばちゃんはエナの方を見て、少し首をかしげると急に一人で納得した。

「そっか、今年からもう高校生だっけ。私服着ているからおばさん、ビックリしちゃった」

 どうやらエナが私服であることが疑問だったらしい。

 今、エナはノースリーブのシャツにカーゴパンツという格好をしている。

 中学のころは制服だったので、私服を着ていたのが不思議だったのだろう。

「おはようございます」

「はい、おはよう。エナちゃんはしっかり挨拶できて偉いわね。うちの息子は高校に入ってからは私には何もしゃべらなくて。エナちゃんなら春桜女子の制服とかも似合うと思うのにねえ」

「御冗談を」

 二人はそこで少し笑う。

 春桜女子高校は制服が可愛いということで人気な進学校だ。

「どお? 高校生活は楽しい?」

 平凡な会話。

「はい、とっても」

 やはり、平凡な答えをした。


 七年前、日本の経済は破綻してしまった。

 デフレが続き、物価は下落の一途をたどり、人々の収入も目減りし、かつ、安定しなくなって行った。

 それに伴い、税収もまともに取ることができず、国家の借金は雪だるまのように増えてゆく。

 収入低下に伴ったリストラの増加。

 リストラの増加より、失業者が増加。

 失業者の増加に伴っての犯罪件数の増加。

 そして、日本は廃退の一途をたどってしまった。

 エナの人生に大きな衝撃があったのは去年の秋、その日はエナの通っていた中学校の文化祭だった。

 元々、エナは父母と兄の四人家族だった。

 兄と父と母、三人は赤信号を無視し、猛スピードで突っ込んできたトラックにはねられたそうだ。

 犯人は逃走し、いまだに捕まっていない。

 エナが病院に脚気こんだときに目に入ったのは、確かに三人だったはずの斑点だらけになった、ボロボロの肉塊だった。

 いとこの家がエナを引き取るといった話も出てきたがエナはそれを断った。

 人に頼りたくなかったというのもあった。そして何よりどこかに移り住むのがいやだったのだ。

 アルバイトありで、特待生合格すると学費全額免除の学校が近くにあってつごうが良かったというのもある。

 そのような経緯で現在のエナがある。


「おっはよー、エナ」

 突然の声とともに誰かにのしかかられる感触。

「いやー、今日もエナはかわいーなー」

「ちょっ、重いよデュオ」

 のしかかってくる人を押しのけ後ろを見ると、そこにはきれいな黒髪を腰まで伸ばした少女がいた。

 物静かな印象を持つエナに対して活発、陽気といった印象を抱かせる。

 キュロットスカートにTシャツ、身長は女子にしては高めで160㎝後半、エナから見るとすごく高く見える。

「おはようデュオ」

 日本の経済が破綻するより前はエナとエナの兄、エナのいとこ、デュオの四人でよく遊んでいた。

 ある時、エナの兄が四人全員に呼び名をつけた。

 それが、エナとデュオであり、以後全員この呼び名で呼び合っていた。

「今日も朝早くからエナに会えて幸せだよー」

 デュオがエナの頭をぐしゃぐしゃとなでまわす。

「こいつめ、こいつめ、かわいーなーもう」

「私は可愛いと言われてもうれしくないよ」

 エナはデュオの手を払いのけることもせず、デュオが手を離すのを待って手ぐしで髪を整える。

 小柄な体に少し幼さが残る顔、癖のある髪、大きな瞳にくっきりとした二重のまぶた。

 確かにエナの容姿は可愛いと言って差し支えのないものであろう。

「あのね、私は――――」

「エナ、学校は楽しい?」

 エナは割り込まないでほしいと思いながらため息をつく。

 しかし次の瞬間には笑顔を作り答えた。

「楽しいよ」

「そっか、つまんないかー」

「……私は楽しいって答えたんだけどね」

 エナは苦笑した。

 しかし、実際のところデュオの言うとおりで、学校生活は楽しいものではない。

「まあ、ここらは治安も悪いし、お金もない。活気なんてあるわけない。今の日本じゃ退屈なのは当たり前の結果だよねー」

 七年前に経済が破綻した時、教育機関も大打撃を受けた。

 国の税収が減ったことによる大幅な費用削減により、今までいた教師達が次々に職を追われ、新しく低賃金で雇える人を採っていったため教師の質が大いに低下した。

 当然学校が教材にかける金も少なくなる。

「教師の質も低けりゃやる気もない。ほとんどの授業が受ける価値もない。ただ卒業の単位をとるためだけに生徒たちは通い、勉強する。部活もあってないようなもの。そんな状況じゃあつまらないのも当然だよねー」

「でもそれが今の世なんだから。どこに行ってもそれは変わらない……」

「変わらない――――?」

「デュオ?」

 デュオが急に黙り込み、エナの呼びかけも聞こえないほどに考え込んでいる。

 しばらくそのままだったが道の途中でがばっと顔を上げた。

「変わらなければ変えればいいんだ! どうしてこんなことに気づかなかったんだろ!」

「どうしたの? 急に叫んだりして」

「今はまだ内緒。聞いたらきっとびっくりするよ」

 デュオは理由のない自信に満ち溢れた顔で太鼓判を押した。

「まあ何とかするから私に任せておきなさい」

「分かった。でも、早く行かないと授業に遅れるよ」

「うちの学校の授業に出ても大した意味はない気がするけどねー」

 遅刻の問題は杞憂に終わった。

 二人は教室に予鈴前に着くことができたが、教師は盛大に遅れてきた。

 だがそれも毎日のこと。

 いつも通りの光景。

 いつも通りの退屈な日常だった。


はじめまして、柳川一歩という者です。

この小説は電撃大賞に見事一次予選で落っこちた作品を手直しして投稿しています。

この作品は僕の初めての作品ということもあり、他の人の意見が聞きたいです。

電撃大賞は一次予選で落っこちた作品に関しては選評を送ってくれないので、できれば読者の皆さんの意見等がありましたら言っていただけると嬉しいです。

皆さんに見放されるようなことにならないように頑張りたいです。

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