S.D.M
「おはよー!!」
狭い階段の壁に全力で反響し俺の耳へ届く。
振り返るとそこにはにっこりとした表情のサクラが居た。
「おはよう。早いな。殊勝だが俺を抜かしちまったら扉の前で待ちぼうけ喰らうだけだぞ」
俺は再び階段を上りながら背中で言う。そして三階へ到着。…と
「そうね。待ちぼうけね」
事務所の扉の前にしゃがみこんでいたロングヘアが上目遣いでこちらを眺めている。そう、声の主は例の写真の女子高生である。
「わるい、早いな。おはよう」
ごそごそとポケットに手を突っ込み扉の鍵をまさぐる俺。
「いいえ。少し早く着すぎてしまったわ。待ち時間は手許の時計で6分ってところね。おはよう」
前髪を真ん中で分けられたロングヘアは立ち上がり俺が鍵を開けるのを待っている。
「おっはよー、ツバキ。早いわね!」
階段を上ってきたサクラから朝の挨拶。このロングヘアの名前はツバキという。ツバキはこの爽やかな挨拶に対し右手の手のひらを顔の横まで上げ、ニコッとした表情をして返す。微笑み会う両者。この明るい挨拶とにっこりとした表情から察していただきたいのだが、俺への例の疑いははれた。翌日のランチ時にはずばっと解決していたらしい。そしてあの面接もどきが水曜日、あくる日の木曜日、夕刻の事。
―俺は俺の椅子、社長である俺の椅子、つまりは社長椅子に座りデスクトップからニュースサイトを巡回していた。特に気になるニュースもなく、主に昨日行われた欧州でのサッカーのスコアを眺めていた。ちなみに俺のお気に入りはイタリアの縦縞だ。
(コンコン)
ノックのリズム、音量で扉の向こうの人物がわかる。
「はい。どうぞ」
でも一応返事はするよね。
「おはよう、ボス」
入ってきたのは我が事務所の秘書兼探偵、新川ツバキである。今日も手入れの行き届いたロングヘアが美しい。昨日より俺が変態扱いを受けたる所以である。こいつは知っているのだろうか?
「おっはよー!イッセー!」
…知っているらしい。ツバキに続いて入ってきたエスパー小娘、森野サクラ。必殺技は念写だ。どうやら俺への疑いはツバキによってはれたらしい。愛称が復活している。
「いっやー昨日は疑って悪かったわね。あなたへの疑いはすべてはれたわ。ボンボン君!」
俺はそそくさとソファの定位置に座っているツバキを睨む。
「ツバキ、どこまで言った?」
女性には基本強く言わないのが俺。それに別に怒っていない。遅かれ早かれ知れる事だろうし。ツバキはスクールバックより小型のノートパソコンを取り出しながら
「サクラの知りたがっていたこと。私たちの事とボスの懐事情。サクラの中でこの事務所にかかっていたモヤは蒸発したわ」
勘違いしないでいただきたい。別に俺からのリクエストで「ボス」となど呼ばせているわけではない。こいつが勝手に呼び始めたのだ。
「はは。たしかにね。オールクリアよ。んーで、今日は合否を聞きに来たんだけど?」
サクラはツバキの斜め前の位置に座ってにんまり。ツバキの取りだしたるノートパソコンが起動音を響かせる中、俺は社長椅子から立ち上がり茶色い革張りへと向かい、一瞬考えツバキの横に腰掛けた。
「どうせ採用しようが蹴っ飛ばそうが入り浸る腹だろ?好きにしろ」
「へっへーありがとう!イッセー。じゃあ私下っ端らしくお茶入れるね!実はさっきツバキに付き合ってもらって雑貨屋寄ってきたの。マイ湯のみアーンドマイマグ!」
サクラは立ち上がり流しへ。なかなかいい心がけだがキャラ的にどんなお茶が出てくるのか少し不安だ。万が一赤くにごった液体が出てきたら思い切って不採用にしてみよう。
横で無表情で腿に乗せた小型ノートパソコンを覗き込むツバキも少なからず不安な事だろう。そんな無表情なロングヘアにだけ聞こえる声で
「あの事は?」
「いいえ」
「言っても言わなくてもいいし今のところ俺から言う気はない」
シューー「ピッピッ」。どうやら再沸騰機能には気付いたらしいな。教える手間が省けた。そして芳しい緑色の芳香がこの部屋を包む。
「おまたへー」
お盆には三つの湯のみ。なかなかの洞察眼だ、それぞれ俺たちの専用湯のみである。運ぶは放課後のセーラー服。肩にちょこ、ちょこっとタッチするボブヘアーを揺らしながら審判の時へ。
まずは緑色であった事に安堵する。そして差し出された熱々を一口。
「うまっ!」
こいつは某利休の生まれ変わりか?あんな安物のお茶っ葉がどうしたコレ!横を見るとさっきまでノートパソコンを覗き込んでいた無表情は驚愕の顔をしていた。
「へへ。初めてお茶入れたよ。うちでやんないからねぇ。見よう見まねってヤツ」
天才だ。こいつは念写に加えお茶くみというアビリティまで持ち合わせてやがる。偶然でもかまわない、たまにこのクリティカルヒットが出てくれればいい。
「あー、その。採用で」
電撃の採用劇から二日、舞台は再び土曜の朝に戻る