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N.N.SHA→M.N.S.T

 「よう、また会ったな」

電気ポットが迎えてくれた。非常に重宝している我が事務所の備品だ。俺は再沸騰ボタンを押し再び背中で問う。

「コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「コーヒー。なしなし」

「はいよ。あ、インスタントな」

背中で答える。

「ていうかお茶って選択権は?」

「さあ」

俺は曖昧な答えを発明し、来客用カップとマイカップを用意した。ちなみに俺も無糖派だ。3杯目からは胃を思いやりミルクを入れる。

シューーー「ピッピ」再沸騰の合図。カップには既に適量のインスタントコーヒーが用意されている。そこへ向けて熱々を。

ふわっと香りたつブラジル。たぶんブラジル。コロンビアとかだったらごめん。

振り向くとサクラはこちらとは逆側の棚に目をやっていたのでこの隙に…


「お待たせ」

俺は香ばしい湯気と共に一枚の皿を差し出した。

「あ!パヴェルのシュークリームじゃない。まだあったのね」

「ああ。冷蔵庫にね。ふわっとラップをかけてしまっておいた。よってお皿も冷え冷えだ」

「確かに、これじゃお茶には会わないわね。いただきまーす」

意外にもサクラはいわゆる「ふた」の部分でカスタードをすくって食べるという上品なまねをして見せた。実際そうやって食べるやつをはじめて見た。

「うまいか?」

またまた意外にもサクラは口元で手を押さえながら

「ええ。とっても。隠れファンがいるのもうなずけるわ。あ、質問あったら適当に続けてちょうだい」

結構上品なやつなのか?結局全然つかめないな。こいつ。

「えーっと、他にこの事を誰かに話した?」

「いいえ。イッセー、おめでとうあなたが初めてよ」

早い。「いっせい」は最短記録の「なか0回」にて「イッセー」へと変貌を遂げていた。

「それは光栄だね。もう一度聞こう。ここに来た理由を」

「同じよ。自分の力を…。ペロっ。っての」

ああ、べつに食べながら喋ってる時点で上品ではないなと感じた。

「そうだったね。ただそのケース、ほとんどの場合に君の前に座ってるのはしがない若者探偵社長ではなくテレビのプロデューサーか何かだ。そしてそのシュークリームは焼肉か寿司だ」

「けっこう堅実なのよ私」

サクラの口角が少し上がる

「探偵に興味があるっていうのも本当よ。それで-」

「採用の話か?」

「ええ。今のところ他の働き口を探す気は無いけど」

俺はカップを置きそのままその黒い液体を覗き込む。


正直採用で決まっていた。

こいつと契約したい理由は念写の他にもう一つある。ソレは後程ってことで

「保護者の同意とか…ないよな。まず履歴書にサクラの名前以外ないからな。どういう形態で働きたいんだ?非常勤ってとこか?」

「うーんまぁ私にだってお茶くみ位できるのよ。と、言ってもこの暇そうな事務所から時給をむしり取ろうなんて非道な事は言わないわ」

「まぁ暇な時は来てもかまわない。んーーで、それでいくらくらい欲しいの?」

「んーどうしようかな…別にお金目的じゃないし、好きにしていいよ。基本的に私はここの仕事をつまみ食いさせて欲しいだけだから」

「まぁ俺だって働きに応じてサラリーはしっかり支払うつもりだ。安心してくれ」

俺がまだはっきり採用と言ってない事にサクラは十分に気づいている。コーヒーをすする俺に

「まだ7合目って所?」

「まぁそんな所だな。聞きたい事あるんだったらどうぞ。」

サクラはコーヒーを一口すすりソーサーにほぼ無音で戻す。シュークリームのラスト一切れを口に含み口元を押さえて

「おいしかったわ。ご馳走様」

「いいえ」

俺は答える体勢になる。

「私がこの部屋に入ってからなぜこんな失敬な喋り方や態度か分かる?正直、こんな怪しい場所、最初怖かったのよ。でも…ほら、さっき言ったとおり勘はいい方なの。決心してノックしたわ」

なるほどあのノックにそんな背景が。決意の二発目ってところか。

「そうしたらけっこう間抜けな返事が聞こえたの。そこからは強気。気づいたらこんな喋り方ではじめていたわ。言っておくけど普段は―」

「でももうあらためる気は…」

「ないわ」

またしてもだ、三食口にしても明日も食べたくなるくらい爽やかな笑顔。抜群の右ストレート。

「聞きたい事を簡単にまとめるとね、私が言うのもなんだけど、あなた、あやしいわよ?」

だろうな。俺だってあやしいと思うよ。

「まずどこから説明しようか…まぁ安心してくれ。俺もこの事務所もクリーンだ」

「夜な夜な此処が秘密の受け渡し場所になってたりとか」

「ない。この事務所、このビルのこの部屋は俺の持ち物なんだ。家賃はかからない。あと運転資金に困る予定もない。外人のボディガード30人くらいつけたってしばらくは平気だろう」

「裏にあやしい組織が…」

「後ろ盾、バックボーン、ケツモチの類は当然居る。こういう稼業だからね。ただそちらも安心してほしい。クリーンだ」

「ふーぅん…」

サクラはまだどこか浮かない表情だった

「まぁオールクリアとはいかないだろうがもし俺が信用できなかったらその名刺を持って近くの交番にでも駆け込むといい」

「まぁ一応は信用するわ。犬好きって基本いい人だからね」

そういって後ろの棚に目をやるサクラ。視線の先に

「ああ。あれか。あとまだ話しておく事がある」


香ばしいブラジルの湯気は地球の裏側の空気に溶けていた。

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