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S.F-2

 こいつ言いやがった。美人でかなり若く見える同級生の母親に対してロリママと呼びかけやがった。涼しい午後の風が心地よく通るリビングのソファの上で、俺は背中に一筋冷たいものを感じた。こりゃ依頼をすっ飛ばされたって文句は言えないな。

「えーっと、褒められてるのかしら?」

一瞬戸惑いを見せたその表情は、安心感さえ覚えるようなにこやかなものに。無論、シワ一つない。どう感じたのかはわからないが懐の深い人だ。

「え、ええ。そ、そうですわ…」

サクラが動揺している。あせっている。慌てている。とりあえずこいつのこんな表情ははじめて見たな。「そうですわ」とか言っちゃってるし。悪気は無かったんだ、一緒に謝ってやってもいい。

「じゃあ、ありがとう。ふふ」

年齢の概念を忘れさせるほどのピチピチの笑顔。まだ泳いでる魚を瞬間冷凍させて一気に解凍してすぐさばいてすぐ食べる、それくらいの鮮度が保たれている。なんでも許してくれそうなやさしい笑顔だ。だからってもう言うなよ?

「いやぁ、ほ、本当にお若く見えますっ!ロリお母様!」

「あほ!」

―くすくす

後に萌さんは控えめながらも声を出して笑い始めた。その表情の奥の奥の方には、小さい子供の無邪気さすら感じさせる。たださすがに転げるほどの爆笑をしたら少しは顔崩れるんだろうなぁなんて思った。

「おもしろいのね、森野さん」

「サクラでいいです。萌さん」

「そう、じゃあサクラちゃん」

ナイス!サクラ!俺も乗っからしてもらうぜ!


 気付けばすっかり打ち解けている二人。お茶の話は美容院の話に切り替わっていて、なにやら美容師の名刺を受け取っているサクラ。俺は二杯目の紅茶をすすりながら「洋」の文字が付く色とりどりの小さいお菓子を何個か口に運ぶ。色味と反して甘すぎないソレから匠を感じる。

「…で、バサバサっと」

話は現在サクラのボブヘア。どうやら通っている美容院では大抵思い通りにならず、ほぼ毎回自分で少しずつスタイリングしているらしい。まぁ自分カットにしては良くできてる。匠を感じるまではないがな。なぜなら―

「でもサクラちゃんならどんな髪型でも似合うわ。きっと美容師さんも切っていて納得してるはずよ、イメージが共有できてないだけで」

俺の言いたい事にのし紙が付けられていた。萌さんは右手でサクラのボブヘアをふわとふわと持ち上げている。この二人、今なら親子や姉妹と言われても納得できるかもしれない。先ほどまではただ似ていないだけで否定していたが、要は空気間が大切なのだ。先ほどまでとは違い今ではもう薄い壁。ただ無理によじ登ろうとはしない方がいい厚み、崩壊しては意味がない。人間関係とは常にある程度の囲いが必要なんだろうな。

「萌さんはどんな風に注文してるの?美容師さんに口説かれちゃったりして」

これはつまり「さん付けしてるだけでタメ口」のパターンだ。たぶんこいつの得意技はタメ口。この二人の壁は金網くらいになったんだろうか?でもどうしても女性同士ってのは解らないからな。本当に解らない、何故…。俺は薄い壁が厚く、高くなってしまうことを承知で聞いた。

「何故ネネさんと上手くいっていないのでしょうか?今の僕に萌さんはやさしく楽しい良いお母さんに見えています」

ぽかっと口を丸の形に開けてこちらを見るサクラ。確かにこいつはフランクという皮を一枚着ている人間だが、超短時間にあれだけ打ち解け、仲良くお互いの髪の毛を触りあう同級生の母親が自分の娘とは上手くいっていないなんて信じ難い。

「ありがとう、イッセー君。私、恥ずかしいんだけどあの子のこと急に解らなくなっちゃって」

ふふ、俺は既に愛称で呼ばれているんだ。紅茶の二杯目をいただく時のやりとりでちょっとな。

「よその家庭でも少ない話ではないと思います。ちなみにいつくらいからでしょうか?何か大きい出来事とか?確か、ここ二ヶ月くらいは会話がほとんどなかったと…。いえ、調査とは関係ないのですが、俺は聞かずにはいられない。紅茶のおかわりなら何杯でもいただきます、二人の事、教えていただけないでしょうか?」

俺を見つめていた萌さんのやさしい双眼が、少し研ぎ澄まされる。きっと何か余計なものが張り付いていたのだろう、目のやさしさが純度を増す。

「そうね、とりあえずもう一杯いかが?」

「いただきます」

三杯目をいただくべく、俺は両手でカップを差し出す。ニコッとした表情で受け取り、キッチンへ向かう萌さん。俺は知っている、おかわりは新しいカップでやって来ている。


匠だ。



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