S.F
どうやらサクラにとって蝶ネクタイ、メガネ、ハンチングまたはキャスケット帽は探偵のマストアイテムらしい。本来はパイプや虫眼鏡等もエントリーするらしいが、未成年かつ現代的じゃないため除外されたようだ。ただ本人いわくメガネと帽子を合わせると重たい印象になりがちでなかなか難しいらしく、今のところ黒ぶちの伊達メガネのみにとどめている。後にレンズは光が反射しにくい物をチョイスしたというこだわりも判明するのであった。
「探偵を意識したメガネじゃなかったのか?」
味気のないネネの部屋を出て廊下を階段へ向かう。現在二人暮しだというのに2階にはいくつもの扉がある。用途は不明だがおそらくどの部屋も掃除が行き届いているであろう事が、玄関から廊下、廊下から階段、そして廊下からネネ部屋と見て取れる。つまりこの家は一歩入ったときからずっと綺麗なのだ。まず掃除は○っと。
「琴線に触れちゃったんだもの。一応メガネならべっ甲タイプのがもう一つあるの。わかってる、黒ぶちの方が似合ってる事はわかってるんだけどね。とりあえずネネ見つけたら帽子と美容院聞かなきゃ」
帽子が似合う髪形にするのか、髪形に似合う帽子を被るのかは人それぞれだし俺はそもそもあまり帽子を被らないので、わざわざ美容院にまで行ってキメてもらった髪型を帽子で覆うのは美容師に対する冒涜にすら感じるのだが、このおしゃれエスパーちゃんは現在二兎を追っている。
「帽子は似たようなやつ探せば良いんじゃないか?ていうかさっきから美容院気にしてるな。今の髪型も似合ってると思うぞ?帽子被った感じもちょうど髪型と合ってたみたいだし」
俺は褒めるという事を忘れない。チャンスがあればいつでも狙っているのだ。以前、心理テストか何かで、「それは褒められたい事の裏返し」見たいな風に書いてあったが、当たり前だ。褒められたくない人なんてこの世には居ないだろう。
「嫌。あれじゃないと駄目なの。同じのが合ったら良いんだけどね。たしかにネネは顔の作りも良いけどね、毛穴から毛先までしっかり整ってたの。きっと美容師さんもやりがい感じて張り切っちゃたんじゃないかしら。きっとあの感じじゃつま先までしっかり整っていたでしょうね。運動部でありながら恐るべしだわ。それに―」
話し声が聞こえたのだろう、階段の下まで萌さんが迎えに来てリビングに招いてくれた。その顔から相変わらず疲れが所々のぞく。とりあえず今夜はゆっくり休んでもらいたい。俺は何か安心させられる気の利いた言葉を考える。
「紅茶でよかったかしら?」
我が事務所で言うところの赤だ。ただ馴染みの紐の付いた簡単なやつではなく、俺が見たことのないプロセスを踏んで差し出されたソレを、同じ赤といってしまうのは少し気が引ける。そうだ、これは赤ではなく紅だ。
「ありがとうございます。いただきます」
リビングのL字型のソファ。色はアイボリーで間違っても紅茶なんかこぼせない。リビングの雰囲気にピッタリはまったソレに腰掛ける。土足文化の無い民族でも、こんなソファのある空間だったら床に座らなくなるだろうな。
「いただきまーす」
三人の真ん中に腰掛けるサクラ。萌さんはLの短い部分。まぁホストサイドはそこが定位置だろう。それでは紅茶を一口。
「おいしい」「おいしい」
出会って4日目くらいで絶妙なハモリ。萌さんはニコッとした表情をくれたが、シワ一つ見て取れなかった。ハモってしまうのもしょうがないくらいに、奥行きのある渋み。前途の通りティーバッグくらいしか飲んだ事の無い俺にとっては衝撃的だった。紅茶の葉の名称なんて3っつ位しか知らないが、帰りにそのうちの2つくらいは買って帰ってもいいかなとすら思っている。この分なら料理も○かな。完璧主婦も近いな。と、
「ママすごいわ!」
「ふふ、ありがとう」
などと既にフランクなサクラ。こいつはヘタしたら幽霊にもかんたんに話しかけるかもな。いきなりママって呼ぶのはどうかと思うが、「ロリママ」と呼んでいないだけマシだ。ただこの二人、系統が違うので、仲良くしていても本当の親子や姉妹には見えない。やはりネネと萌さんはかなり似てる。頭のてっぺんから胸の辺りまで、生徒手帳のバストアップ写真から確認できる範囲では、本当良く似ている。…ん?
「もしかして―」
仲良く談話中のところに割って入る。どうやらお茶の入れ方についてサクラがレクチャーを受けていたようだ。
「もしかして、も、奥様とネネさんは同じ美容院に通われているんですか?」
危なく萌さんと呼びそうになる所を踏みとどまり、俺はなぜか奥様などと呼んでいた。
「ええ、そうですけど?」
小首をかしげる奥様。どこで習ったのか教えてもらいたいくらいに可憐な所作。非常に可憐。たしかにその呼び方あってるかもな。
「ちょ、ロリママ!」
「おい」