T.U.S-4
液晶に写し出されていたのは、黒髪短髪の広い背中。まず男性とみて間違いないだろう。もしこれが捜索人のネネだったとしたら、この依頼降りたくもなる。実に頼りがいのあるがっちりとした後姿が、例のパソコンに向かっている。
「とりあえず続けてくれ。俺は少し萌さんと話す。部屋の物に触る時は一応言ってくれるか?」
小声で告げると、敏腕エスパーカメラマンは無言で軽くうなずき、再びシャッターを切り始めた。
「少し、よろしいですか?」
俺は振り返り、部屋の入り口付近に立っているマダム萌に向き合う。白いブラウスが実に似合っている。
「はい?」
そのまま廊下に出て、萌さんとは1mほどの距離。部屋の中ではコンスタントにシャッターを切る音が聞こえる。ちなみに「カシャ」という音に設定したのは俺だ。
「今回、誘拐の線で調査を進めています」
俺は冷静に、落ち着いた態度で告げる。この場面で俺が慌てていたら依頼主は安心するわけがない。
「え?誘拐ですか?」
驚愕の表情の半分はその小さな右手に覆われていた。隠れていない大きい目がどこまでも大きく見開いている。
「はい。家出の線は薄いと考えています。もちろん無いわけではありません。ただいくつか気になる点がございまして、こちらとしては誘拐の線が濃いとみて調査を進める考えです」
「はぁ…」
右手が下ろされ、すぐれない顔色と虚ろな目が表れる。
「まだはっきりとは申し上げられないのですが、既に手がかりも掴んでいます。明日の夜には何かしらの大きい動きがある事をお約束します」
さすがに念写して怪しい奴が写りましたなんて言えない。また無事を保障する事もできない。俺はなんとなくにごした言葉で伝えた。次いで
「当時の事についてもう一度詳しくお聞きしたい点がございます。よろしいですか?」
「は、はい」
力ない答え。かなり動揺していると考えられる。このまま受話器をとって警察に連絡されても文句は言えない。
「大丈夫、ネネさんは必ず見つけます。そのためまずはなるべく正確に当時を振り返りましょう」
俺はまっすぐ強い視線を送る。こんな若造に美人マダムの不安を取り除けるかわからないが、彼女にもできるだけ冷静になってほしい。
「はい。大丈夫です」
五秒ほどした後、萌さんから力強い表情と声が届いた。腹を決めたのだろう。思ったより強い人なのかもしれない。
それから俺は覚えている限りの当時の情報を萌さんから聞き出した。部屋の中では相変わらずシャッターの音が鳴り響いている。いったい何枚くらい撮っているんだろう。
とくに大きく手がかりとなるような情報はなかったが、新しい情報として駅方面のスーパーに自転車で向かったという事、その際しっかり施錠していた事などが挙げられた。これらの小さなパーツを積み上げたりパズルしていくのが大事ってことは、探偵物作品のデフォなので、俺は胸ポケットから取り出したメモ帳に細かく記した。
「ありがとうございます。それでは部屋の調査に戻ります。どうかお気を確かに」
「大丈夫です。お茶、用意しますので15分位したら降りてきてください。可愛い助手さんにお返ししたいので」
さっきまでの暗い表情がニコッと微笑んですらいる。こちとら不安は消し取ったつもりはないが、どうやら強い人だ。
―ガチャ
「どうだ?」
「うーん」
サクラは勉強机の上に置いてある一枚のプリントを眺めていた。
「これ、こないだ出された数学のプリントね。提出は…」
「月曜だな。手は付けてあるのか?」
食い気味に質問を返す
「ええ。しっかりと。もしかして?」
「ああ。赤プリだろ?俺も元教え子だからな」
梅の丘高数学教師赤坂。彼から毎週配布されるありがたいプリント。通称赤プリ。週明け後の授業に絶対提出で、こいつは他の何よりも成績に響く。いくらテストの成績が良かろうが関係なく、提出しなかった者には容赦のないマイナス査定が与えられる。うめっこの学力向上に間違いなくひと役買っている伝統のプリントである。
「今回は問題数がかなり多くて。うちのクラスも水曜日に配られたわ。まさかその日のうちに解いちゃってるとはね」
「正確にはその日の夕方な。正味二時間くらいだな。サクラはもう出来たのか?」
「まだよ」
―カシャ
「おい」