T.U.S-3
30秒ほどインターフォンの四角を目線でなぞる。
「はい」
応答。きっと高性能なマイクなのだろう、クリーンな声が届いた。
「どうも。中村です」
「お待ちしておりました。少々お待ちください」
丁寧で透明感のある声。その声だけで美人と断定できる。昼は何を食べたんだろうか?
―ガチャ
「こんにちは。どうぞ」
本日二度目の萌さん。服装は事務所に来た時と同じ、白いブラウスにベージュのパンツルック。表情だけは事務所に居た時より若干柔らかくなっているように感じる。きっと緊張していたんだろう。
「こんにちは。失礼します」
軽く頭を下げ、まず俺が先行する。次いでサクラ。
「こんにちは」
確認はしていないが、きっと笑顔の挨拶だろう。おそらくこいつは自分の笑顔の価値に、どことなく気付いていると思われる。
玄関で靴を脱ぎ、振り返って靴を外に向けよう…と、サクラが既に自分の分と二人分、済ましていた。
「あ、サンキュ」
「ん?」
感謝の言葉の意が伝わっていないようだ。きっと当たり前の事だったんだろう。なんせまだ出会って4日目くらいだからな、こいつがどんな育ちをしてきたのか見当つかない。
「さっそくですが、ネネさんのお部屋を拝見したいのですが?」
「はい。こちらになります」
と、萌さんは薄い笑顔で俺たちを案内してくれる。かなり疲れているであろう事が、笑顔の切れ目切れ目からうかがえる。万全な状態のこの人はどれだけ美人なのかという発想と、この疲れた感じがプラスに作用してるのでは?という発想。のち、俺は前者に期待する。
「こちらです」
階段を上ってすぐの扉。失踪中女子高生(おそらく美人)の部屋だ。
「サクラ」
俺はサクラがたすき掛けているウエストバックを、指差す。サクラはバックをくるっと背中から前に持ってきてチャックを開け
「はい」
なんとなく気が引けた。先ほどの中学生カップル同様、萌さんも俺たちをそういう目で見てもおかしくない所作だ。4日目にして脅威のなつきっぷり。俺は距離感を誤まらないように気をつけようと思った。
「ほら、お前もつけろ」
取り出したのは白い綿の手袋。俺は勝手に探偵必需品だと考えている。それは俺が参考にしてきた探偵ものの映画にて、着用率が高かったからだ。ようするに新しく指紋をごちゃごちゃ付けるなって事だろ?
「では失礼します。写真を撮らせていただきたいのですがかまいませんか?」
「ええ」
了承は得た。俺はドアノブに手をかけ、背中で反則請負人に告げる
「頼んだぞ。サクラ」
「ええ。任せて」
俺と同じサイズの手袋をはめているサクラ。おそらく指先が余っていることだろう。
入室。俺が今まで女子高生の部屋に入った事があるか無いかはノーコメントでお願いする。
「ふん」
味気の無い部屋だった。まず目に入ってきた勉強机の横には面積の狭いパソコン机が置かれ、デスクトップの画面には例のメモソフトが開かれている。本棚にはかなりの量の参考書。漫画や散文の類はなく、ベストセラーの自己啓発本が何冊かある程度だった。ドレッサーと姿見は、曇り一つなくこちらを映している。収納は壁のクローゼットが請け負っているようだ。一着だけ壁にかけられたセーラー服で、うめっこであるという事を再度確認。あとはベッドくらいか。枕元にはうさぎのぬいぐるみ。ここ何日か寂しく一人で眠っているのだろう、心配だ。うさぎは寂しいと死ぬらしいからな。
―カシャ
早速シャッターを切るサクラ。
「あ」
黒ぶちメガネの奥の表情がいつもより少しこわばり、デジカメの液晶をこちらに向ける。
「いきなりか」