M.T.G-2
空気が固体化したように俺とサクラは動きを封じられていた。
「なんちゃって」
と、その抑揚の無い言葉にて、我々にかけられていた時空魔法が解ける。
「ほ、保存よ!保存!永久保存よ!」
そりゃそうだ。もう次はいつあんなサービスしてくれるかわからないからな。
「ははっ、うちのサイトのトップにしちまうか!」
と、俺も乗っかってみる。既にいつも通りノートパソコンをのぞき込んでいるツバキは、その液晶を眺めたまま
「やれるもんならやってみなさい」
つまり「やめろ」の上位句&少し冷たい口調。
「するわけ無いって。いよいよ本格的にあやしくなっちまうわ」
「あやしいとは失礼ね」
と、いたずらに一瞬だけ微笑むツバキ。この時点で既にアイドル並みのルックスなのである。
「あーーーーーーーー!」
「ん?どうした?」
「保存しようと思ったら消しちゃったー!!」
ばかーーーーーーーーーーーーー!!
もう一度お願い!なんてツバキに言えるわけもない俺たちは、運ばれてくる時間を逆算して、先に出前を注文する事にした。正直アホのサクラには、水でも飲んどけと言いたいところだったのだが、これからの活躍を期待して、特別に午餐を共にする事にした。
そして再びミーティングが始まる。
俺は注文をし終えると受話器を戻し、再びソファへ。
「あーそう言えば二人とも知ってるんだろ?ネネ嬢のこと」
「結構有名だもん。ね?ツバキ」
「ええ。私たち学年の女子生徒の中では1番有名だと思うわ」
「有名?なんでだ?」
二人の現役が語る梅の丘高校での松田音々は、容姿端麗やら才色兼備やらの四字熟語が色々付いてくる、要は優等生なのであった。そして、そんな優等生が学年一の有名人になった所以が、ミスコンなのである。
「あれか、ミスうめっこか」
「そう。よく知ってるじゃない。あの子ったら一年生の6月にはエントリーしてたわ。一年生挑戦者は結構有名になったのよ」
梅の丘の女子憧れの栄冠、ミスうめっこ。通称ミスうめ。毎年、校庭の梅の木が五月雨に濡れる頃、自薦他薦問わず公募され、10月の下旬に在籍生徒の投票によって決められる。10月上旬の体育祭は、最終選考とよばれている。強制ではないが、投票率は90%をきった事がない無いらしい。見事栄冠に輝いた女子生徒は、11月の文化祭から始まり、一年間に渡り学校行事に従事するのである。なんと卒業式で送辞を読むほどだ。なんで俺がこんなに詳しいかって?
「俺もうめっこだったからな」
「えー、あんた梅の丘だったの?」
「あんたとは何だ、社長と言え」
「社長、あんた梅の丘だったのね。こんな事してるから頭くるっくるかと思ってたけど結構頭いいのね」
確かに。どこで道を誤ったんだろうな。梅の丘はそこそこの進学校だ。
「ほっとけ。あと自分で頭いいみたいに言うな。で、結果は?」
「3位。20人中ね。結局一年生のエントリー者は彼女だけだったわ」
ミスうめにエントリーするのは、ほとんどが二年生であった。任期の問題から三年生はそもそもエントリー出来ない。一年生で挑む者は、毎年一人居るか居ないかだった。
「大健闘じゃないか。他には?」
「あと去年の生徒会の副会長と噂になってたの。ツバキったら変な質問するんだもん」
俺は割れた皿を思い出した。あれって確かシュークリームのじゃ…
「一応ね。あの時は事実無根だったようね」
こいつでも学校の噂に耳を傾けたりするのかとツバキの側頭部を見る。この板のように整ったロングヘアには、保険をかけたっていい。
「でまかせか?まぁ一年で3位になったりしたらな。あやしまれるだろうな」
「確か三学期の頭から話題になって。んで二年になってすぐよ、ネネはみんなに事実無根って言って回ったの。私その時初めてあの子と話したわ」
「ふーん。あ!」
俺は再び社長机へ。三段目の引き出しから
「忘れる前にっと。サクラ、お前の手帳。ツバキも同じの持ってるんだぜ」
黒い革のカバーの手帳。梅の丘の生徒手帳と同じくらいの大きさかな。
「へー。ありがとう」
「困った時は、手帳。よね?ボス」
こいつはもう気付いているらしい。俺は本当に困った時のために、カバーの内側に一万円を貼り付けていた。俺はうめっこ時代、同じことを千円でしていたのだが、在学時代は完全に忘れていた。あの野口氏はいったいどこに行ってしまったんだろう。
「ああ。気になった事があったら書いておけ。まぁ雰囲気的な意味もある」
「あ、ボス、報酬の事だけど―」
コンコン
「お待たせしましたー」
ツバキの事務的な話をさえぎる出前の到着。お昼のピーク時だが結構早かったな。
「後にしよう。飯のときに金の話はよくない」
「そうね」
入り口で出前の兄ちゃんを満面の笑顔で迎えるサクラ。どうだ?サービスしてくれたっていいんだぜ、兄ちゃん?