S.D.M-3
我が探偵事務所のウェブサイトにもしっかりとメールフォームくらいはあり、大抵はそこから依頼が舞い込んで来る。一応固定電話も用意しているのだが、いたずら防止の意味もかねて依頼主との連絡ツールまでにとどめている。
そしてこの新着メッセージ、どうやら一時間ほど前に届いたもののようだ。現在の時刻は10時少し前。ちょうど俺がこの街の安全と民の健康を見つめるペンギン様に、朝の挨拶をしていたくらいに届いたものだろうか。
「失礼」
そういってツバキの私物である小型のノートパソコンを受け取り、液晶に目を落とす。小さめのフォントサイズを目で追い回し、やがて脳の一部でその情報を理解した俺は少し目を見開いてしまう。驚愕の合図だ。俺は顔を上げツバキと目が合う。
「来たな」
「ええ。なかなかの大物ね。健やかな朝に緊張感をくれるわ」
だんだんと顔がほころんでくる二人。サクラが来る前までは対面で顔を合わしていたツバキだが、今では右手のポジションに落ち着きがいい。
「なになに?どんな依頼?記念すべき私の初仕事ね!」
俺の対面に座りきらきらと目を輝かせこちらを窺う新入りに、テーブルの上を滑らせノートパソコンを渡す。
正直、こいつが入ってきて仕事が舞い込んでこなかったらどうしようかと心配もしていた。ぼーっとお茶すすってたまにデスクトップ眺めたり本読んだり掃除に夢中になってるだけじゃさすがの若社長も立つ瀬がない。早々に依頼の一件でも来てくれればこいつを受けようが断ろうがなんとか面目は保たれる。
しかもだ、どうしたことだろうこの依頼、我が事務所設立以来の大仕事なのである。思えば地味な仕事をこなしてきた。先に紹介させていただいた犬探し、なんとも依頼主は10歳の少女だった。そして熟年夫婦の浮気調査、かと思えば次は大学生カップルの浮気調査。その他素行調査の類は数件こなした。
もっとも馬鹿馬鹿しかった依頼がラーメン屋の隠し味を盗むという依頼だ。依頼主である競合店のご主人は
「それさえ解れば」
をとにかく主張していた。俺とツバキはまずご主人から現段階のらーめんをご相伴にあずかり、うまい!を連発して見せた。実際は普通の味だった。決してまずくはないのだが、毎日通おうなんて気は起こらないだろう。が、俺たちは「おいしいねぇ」と仲のいい兄妹のような風体でにこやかにラーメンをすすった。
気をよくしたご主人は「変える必要なんてない」と心を改め、依頼を取り下げた。そしてなぜか一万円をくれた。ちなみにこの一連の俺とツバキのやり取りはこのソファにて話し合って決めた作戦だ。ああ、ばっちりはまった。
そんな日常に毛が生えたくらいの仕事に比べれば一週間胃もたれが続きそうなくらいにヘビーな今回の依頼内容なのである。こいつの記憶に強烈に残り、この先仕事のない暇な時間をまばゆく照らし、照らしまくり、ぼやけて見えないくらいに強烈な閃光を放ってほしい。さすれば「あの時はすごかったねぇ」なんて言って俺の面目も保たれるってもんだ。
「コレって…なかなかすごいんじゃない!?」
きらきらした目のサクラ。さっきまでより輝きを増している。これはもうぎらぎらと言ったっていい。
「こんな平和な街でこんな依頼を受ける日が来るとはな」
ああ、本当に思ってなかったさ。なんせペンギン様の加護の下だからな。
「…で、ボス、返事は?」
右側から聞こえてくるは、ここ一年弱もっとも聞いていたであろうツバキの声。現段階でチャンピオンだ。新人登場でそろそろタイトル剥奪か?
「もちろん」
俺は右側の現チャンピオンに笑顔と共にかえす。なぜか人差し指を立てるというポーズも加えてな。今までそんなポーズした事なかったんだけど浮かれてたのかな?
「OKボス」
チャンピオンはテーブルの上の自前のパソコンを腿の定位置に戻し、メールソフトを開き返信の言葉を探す。そう、よく出来た秘書なんだぜ?
「いっやー、どきどきしてきたなー!」
と、蝶ネクタイの挑戦者。俺だってどきどきしている。
なんせ失踪事件なんて初めての大仕事だからな。