S.D.M-2
ソファに腰掛け、アンパンをほおばる俺はTシャツにロンTの重ね着、ダメージの通ったジーンズにスエードのローテクノロジーなスニーカーという服装だった。ところどころ破けているジーンズが今日のポイント中のポイント。このくたびれ加減については是非に、味。と言ってくれ。出勤時はいつもこんな感じで基本的にこの事務所でいつものスタイルに変身することにしている。
そういえばサクラの私服は始めて見るなぁ。…というか
「探偵を意識なされて?」
「へっへー、そうよ」
俺の対面に腰掛けるボブヘアは、またしても信じられないくらいに爽やかな笑顔。柑橘系の果物の存在を脅かすほどだ。そんなサクラの本日のスタイルはライトブルーのコットンシャツにベージュのキュロットにはサスペンダー、足元は紺のハイソックスに黒いレザーのスニーカー。そして一番のポイントは本人から説明していただこう。
「言わずもがなこの蝶ネクタイが最大のポイントよ!探偵らしさ30%増しね」
したり顔で襟元の赤いソレをくいっくいっと人差し指と親指でつまんでこちらにアピールする念写ガール。俺は正直に感想を述べる。
「あー、似合ってると思うよ。探偵らしいかはわからないけどな」
正直こいつの小顔をもってすればたいていの服は着こなせてしまうだろう。俺の今着ている服をそのまま着せてしまっても、俺の横でトマトジュースを飲みながらノートパソコンを覗き込むツバキの髪型を乗せても。瞬間にしてきっと前からそうっだった様に感じると思う。
問題なのはそんなサクラが俺のアンパンをじっと睨みつけている事だ。
「ほれ」
俺はアンパンを少しちぎり、物欲しげな蝶ネクタイ娘に差し出す。ソレがちゃんとあんこまで届いている事は言うまでもない。俺はわりと気遣いのできるナイスガイだ。愛も勇気もとっくに友達にしている。
「へっへー、ありがと」
うれしそうに一切れのパンを受け取り口に放り投げるサクラ。こんなにうれしそうに食べてもらったらきっと小麦も小豆も本望だろ。
「お茶淹れるわー。リクは?」
立ち上がるサクラ。そう、こいつが我が事務所でまず最初に掴んだポジション、お茶くみ係。組織にはそれぞれ役割って物が必要だからな。
「黒」
と俺、
「緑」
とツバキ。
「はい。めんどくさいから緑ね。日本人なら朝はしぶーいお茶よ」
っち。じゃあリクエストなんて取るなよ。ちなみに黒というのはコーヒーで緑は日本茶をさす。紅茶は赤だ。言い出したのはお茶くみ係である。それはおとといの夕刻、こいつの電撃採用劇の後、ささやかだがピザなんぞ注文しこの事務所で簡単な歓迎会を催していた時に
「食べ物の味なんてのは色を見れば大体察知できるわ」
というサクラの世の中のシェフたちに喧嘩を売った台詞から派生したものである。
「じゃあ着替えてくるわ」
「はーい」
俺は再沸騰機能の待ち時間を利用していつもの黒ベスト装束に着替える事にした。この部屋には二つ扉がある。入り口と更衣室だ。正確にはたまたま更衣室として使っているだけの部屋、とでも言おう。扉には
(プライベートルーム)
と英語で書かれている。何を言ってんるんだ、お前なんてずっとプライベートだろ!って文句は受け付けない。
俺は立ち上がりプライベートルーム(笑)の扉へ向かう。っあ、ちなみにトイレでしたら入り口を出て左の突き当たりになります。いつも清潔にしてますからね。
―カチャ
俺は着替えを早急に済ましソファへ戻る。女性を待たせるのはよくない。お茶だって冷めちゃうからね。
「ただいま。ありがとういただきます」
「はいー。粗茶ねー」
あちち。まぁ、粗茶だな。ふつうのお茶だ。おととい繰り出された某利休も驚きの味は鳴りを潜めていた。まぁ会心の一撃なんてたまに炸裂するからありがたいものなのだ。いつも出てたら俺はこいつに莫大なサラリーを支払う事を余儀なくされる。
それに気づいたのは昨日の事、結局こいつはあの面接もどき以来、毎日ここへ入り浸っている。
「ボス」
「うん?」
ノートパソコンを覗き込んでいた真ん中わけロングヘア@今日はワンピースにカーディガン。が口を開いた。もともとそんなに口数が多い方じゃないがサクラの新規加入によってさらに減ったように思える。単純に俺への相槌という役割から開放されたからだろうか?
「コレを」
そういって小型のノートパソコンの液晶を俺に向ける。そこにはメールボックスが広がっていて新着のメッセージが届けられていた。
「依頼か」