第3話
2038年6月9日
またあの上官の横に帰ってきた。長く遠い跳躍だったがそれでも彼の様子を見る限り、出発のほんの数秒後に帰還したようだ。相当の精度だと思う。レコーダーはすぐに渡した。何を聞いても無駄なのはわかっていたので訳を聞くのはやめた。私だってプロの軍人だ。上の命令には黙って従いたい。
妻にメールを送ったのは3日前のことになる。だが返信はまだ来ていなかった。
2038年6月10日
突然休暇を言い渡された。日数は二週間。一度家族に会いに行ってやれともいわれた。おかしな話だ。確かに私の任務は日数以上に長いものだったが、現実にはまだこちらに来て一月も経っていないのだ。テストはまだ始まったばかりだ。休みはいらないしわざわざシアトルに戻る気もない。だがそう言ってみても上は全く取り合おうとはしない。二週間の、しかもシアトル帰りをほとんど命令するかのように言い渡すのだ。
私は追い出されるようにしてホテルダスクを出た。きっとなにかがあったに違いない。マシンに不具合でも起きたのか?もしくはテストの計画に大幅な修正が入ったのかもしれない。いずれにしても、テスト要員をホテルに置いておけないなにかがあったのだ。だが一体なにがあったというのだろう。こんな見え透いたやり方で、上はなにかを慌てて隠そうとしている。なにを?テスト要員には知られてはまずいなにかだ。
上はテスト要員に素人を選び出し、任務に必要なこと以外は一貫してなにも教えない。軍隊ならごく自然なことだが、やはりひた隠しにするなにかがあるのだ。そうに違いない。
妻からの返信は一向に来ないのだが、日記はもう送られていたら行き違いになってしまう。私は任務中制限されていた電話を自宅にかけた。
「レイチェルか?私だ。今、いいか?」
「いいわ、どうしたの急に、任務の間は電話できないんじゃなかったの?」
「少し早いが休暇が出た。これからそっちに帰る。」
「そう、なにかあったの?」
「なにもない。それで、日記の件だけど。」
「ああ、それなら手紙が来たから今日探し始めたわ。一体どうしたの?急に15年前の日記を寄こせだなんて。」
「ちょっとあの頃が懐かしくなってしまってね。別に大したことじゃないんだ。じゃあまだ送ってないんだね。これから帰るからとりあえず探しておいてくれ。」
「わかったわ。」
「明後日には帰れる。それじゃあ。」
手紙が来たから探し始めた、とはな。妻にしては妙なことを言う。ずいぶんとのんびりしたものだがこれで家に帰れば日記は見れるか。行き違いではおもしろくなかった。
さっさと帰ろう。おかしな夢からは一度覚めようじゃないか。
2038年6月12日
シアトルに向かう飛行機の中で今回の二回のタイムトラベルについて、いろいろと考えてみたのだが、こうして家族の元に帰ってみるとあれは全て夢だったのではないかとも思えてしまう。あの現実から切り離されたかのように佇む前時代のホテル、こちらの世界では数秒とかかっていないあの過去への旅、過去の世界。
私は正気だろうか。ここには確かに盗んできた15年前の日記がある。そして現在の私の日記はきっとこの家にあるのだ。どこにしまったかは忘れたが探し出すのは明日にしよう。
しかし考えてもわからないことばかりだ。ただあの15年前の私はパラレルワールドに住まう別人だったと思いたい。そうでなければおかしいのだ。15年前とはいえ日記にも書いたのだから忘れてしまうはずがないのだから。
しかし多世界解釈?考えるほどわからなくなってくる。
ああ、そうだ。私は軍人なのだ。被験者なのだ。上の命令には黙って従っていればよい……。そうでありたいのに……。今日はもう寝よう。
2038年6月13日
2023年当時の私の日記はすぐに見つかった。特に隠してなどいないのにレイチェルのやつ、手紙だとかおかしなことを言ってほったらかしにしていたな。おかげで行き違いにならずにすんだわけだが彼女らしくもない。
問題の日記には5月20日以前の出来事も書かれていた。思い出せないことも多いがこれは間違いなく私自身の書いた日記だ。そして「子どもたち」を買いに行った記述はあるものの、私の記憶通り、そこで三十男と話したことなど一切書かれていない。似たような箇所もない。私は忘れてしまったわけではない。あの出来事自体が、15年前の私にはなかったのだ。あったのは彼と、三十男の私にだけだった。
あれは別人だったのだ。私であり私でない、パラレルワールドに住まう別人、決定的なのは5月20日以前の内容が重複していることだ。私は日記を二冊書いたりなどはしない。さらに二つの日記をよく照らし合わせてみると、あの書店での出来事の他にもわずかな違いが多々見つかった。たとえば天気が違っていたり、よく覚えていないが友人と映画を見に行った日などは一週間のずれがある。句読点や書き方など文章の微細な違いはいくらでも見つかる。字は私のものでもこのもう一つの日記は彼の記録なのだ。私のではない。安心した。
安心した?15年前の彼が私そのものでないとわかったから?だが考えてみるとどこか気味の悪さを感じる。あのマシンは過去に戻ったと見せかけて実際は別世界へ飛んでいたのだ。いや、ほんの些細な違いしかないのだから過去に戻ったと考えるのはあながち間違いではないかもしれない。だがあれは別の私のいる別の世界だったということだ。
多世界解釈とはそもそもなんだったか。
無限の可能性と無限の世界。
どこかでそう聞いたことがある。無限と一口に言われても人間の感覚ですぐにわかるものではない。これは言葉通りに考えていいのだろうか?
無限の世界、無限の可能性、無限冊の日記……、無限人の私……?
2038年6月14日
タイムトラベルや多世界解釈など、SFに詳しい友人がいる。長い休みで家にいてすることがないし、彼と会ってみようと思う。彼と会っても何もわからないかもしれないし知らない方がいいことの方が多いのだろう。私だって上の命令に余計な詮索をしたくはない。だが考えれば考えるほどわからなくなってくるのだ。
つづく
分けずに全部まとめて投稿したほうがいいですかね?
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