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一歩目を踏み出す

とーってもお久しぶりです。

 あの衝撃的事件(ついでにサインねだってしまうおこがましいアレ)以来、

多賀さんと私は簡単な会話をレジ前でするようになった。


たとえば、


この前初めて普通に


「・・そういえば、ここの本のポップってもしかしてあなたが書いているんですか?」


多賀さんがふと、思い出したようにレジで顔を上げ、こっちを見た。


顔を上げる瞬間、目にかかっている髪が揺れ


ふっとこっちを見る動作がなんとも妖艶で


「えええ。は、はい。私が一番時間あるので、ハハハ・・」


え!?急だな!しゃべりかけられちゃったよ!


反応するのに、見とれてしまって時間がかかった。


恥ずかしいなあ、全く噛み噛みだよ私。



何度会っても、言葉のキャッチボールには慣れない。

あああ、むしろ私の人生の幸せは多賀さんとの会話で奪われているのではないだろうか。

心の中で、少し恨めしい気持ちを呟いた。




「やっぱりそうなんだ。また書いてくれるの楽しみにしてます。」


少し口角を挙げて笑う多賀さん。


更に素敵だった事は言うまでもない。



「そ、そそんな。書きます、ほんと私のあの趣味の様な感じで恐縮すぎますよホントに。」


なにやら私が半分以上ノリで書いてあるポップを、多賀様は見てくださり、

その上お褒めとはなんたる事か、わわわ。


もっと丁寧に書けば良かったよ。



テンパりそうな気持ちを抑え、頭を下げたこの前の出来事。


私は何とも舞い上がった。


それから何度か話す内に、緊張は全くとれないけど、


話しやすい人だという気持ちが生まれた。



そしてバックナンバー受け取りの日の今日、また。



あ、この本。





多賀さんはいつものようにじっくり本屋を一周して、レジ前に来た。


一週間に一回、店長がめんどくさがってという事もあるが


ほんの少し、本の入れ替えが行われてるだけなのに、

彼はいつもその変化をじっと観察しているように見える。



レジ前に来た時、彼は一昨日入荷した本を持っていた。


そしてその本は私がとても好きな本だった。

入荷してすぐ本の絶妙なタイトルに心惹かれ、一日で読破しポップを書いた。(ええ、ノリでね)



エッセイと自己啓発のような話で、


一人のおじいちゃんが、人生にある時突然途方にくれ仕事を辞めた。

途方に暮れた訳は、自分の生活が無機質でただの物体化とし、情が持てなくなった事だ。

彼はその情を拾い集める為に、ものごとの一つ一つを確認していく事にした。


という内容である。


その一つ一つの確認というのが、大それた事ではないのがとても良いのだ。


しかしこの本、店長の趣味で仕入れており、もはや古本屋などで購入した方がいいといったもの

30年前の本が改訂版になって、最近聞いた事もない出版社から出されたのであった。



ーようは、マニアックの一言である。



「この本、とてもおもしろかったですよ。」


ちょっと興奮して言葉を恐れ多い多賀さんに、投げてしまった。


すると


「だよね。昔読んだ記憶があって、すごい気に入ったから手元に置いておこうと

思ったんだけどさ、探しても見つからなかったんだよね。」


おお、思った以上にすらすら答えてくれた。それも饒舌。


「改訂版出たの、嬉しい。」


レジにそっとその本を置く動作すらも見事なまでに優雅だった。


おつりを受け取ると更に彼は言う。


「ねえ、あの本は読んだ?」


指を指すのは、おすすめ書籍として積み上げてるコーナー。


その中でも一際積んでいる有名作家の新作の事だろう。


「あ、はい。読みましたよ。」


「その作家の本は他には?」


「デビュー作と後は最近出したものを読みました。」


うわこの質問、、、なになになんだろう。


「最近その人の何読んだの?」


面接みたいだな、そう思って口をひらく。


「「海岸線のモニュメント」」


私と同じ口の動きをした彼。


へ?とあっけにとられていると多賀さんは


口元を緩め微笑む。


そして


「じゃあ、あなたが好きなこの作家の作品は、」


「north march?」


流れる様な英語の発音とその通りの問いかけに、


もう私の脳はついていけてない。




その表情に、更に多賀さんは続ける。



「じゃあ、あなたは『いばらにおいて』って本好きじゃないですか?」


噛み締めるように、決定的証拠を探偵が告げたかのように言うのだ。


そして多賀さんが言った本のタイトルは


間違いなかった。


だって、それは毎日持ち歩いてるくらい敬愛したものだった。


「あ、はい。」



聞かれた事に返事するために、あわてて言葉を出す。


すると


くしゃっと目尻に皺が少し入るような素晴らしい笑顔でこういうのだ。



「今度良かったら本屋巡りしませんか。」





これは、まことのことでしょうか?みなさま。



何度も言いますが、幸せを使い果たしています。













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