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勇者の末裔は困っている人を助けたい

掲載日:2026/04/28



500年前、魔王の侵略からこの国を守った1人の勇者がいた。そしてここに、その勇者の末裔である青年が1人。家の蔵には、勇者の伝記がたくさん残っており、幼い頃の青年はその伝記を見るのが好きだった。そしていつか、僕もご先祖様のように困っている人を助ける勇者になるんだ!と期待に胸を膨らませ、日々鍛錬を積んでいた。






都内某所の高校に通う、大人しそうな女の子。彼女は今、満員の通学電車の中で逃げようの無い恐怖に襲われていた。足を触られている。最初は気の所為かと思ったが、すぐにその手が意志を持って蠢いていることに気がついた。助けを呼びたいのに、恐怖で喉が引き攣る。恐い。逃げたい。けど逃げられない。お願い。誰か助けてっ。


「おいっ!何をしているんだ!」

その時、車内に凛とした声が響いて、蠢いていた恐怖が、彼女の身体から引き離された。後ろを振り返ると、男子高校生がサラリーマンの腕を掴んで、睨んでいる。

「今、女性の足を触ってましたよね?次の駅で降りてください。」

「なんの事ですか?!私は何もしていません!」

サラリーマンは必死に否定をしているが、目撃者がいるのだ。言い逃れは出来ない。車内の乗客の冷たい視線を一身に浴びながら、サラリーマンは次の駅で降ろされ駅員に連れて行かれた。

「あのっ!助けてくださり、ありがとうございました。」

女子高校生は、助けてくれた男子高校生にお礼を言う。筋肉質でガッチリとして、精悍な顔つきの青年だ。

「大丈夫ですか?怖かったですよね。」

青年は、サラリーマンを睨んでいたときとは対照的な、優しげな顔で自分の心配をしてくれる。そのギャップと、「自分を助けてくれた人」と言う事実。女子高生の心は先ほどとは別の意味でバクバクしてきた。

「あのっ!改めてお礼をしたいので、連絡先を教えていただけませんか?」

「自分は当然の事をしたまでです。お礼は今頂いたので十分です。」

かっこよくて、優しくて、尚且つ謙虚。まるで、昔話で聞いた勇者のようである。一礼して、名乗らず立ち去る青年の背中から、女子高生は目を逸らすことが出来なかった。



「火事です!皆さん早く逃げてください!」

深夜2時頃、都内某所のホテルは火の海と化していた。運悪くこのホテルに宿泊していた高齢男性は、煙で視界の悪い廊下を必死に這いずっていた。自分の帰りを待っている妻を残して、こんな所で死ぬ訳にはいかない。必死で出口を探すが、息が苦しい。目も痛い。頭がボーとする。もう動けない。熱い。熱い。熱い。あぁ、ここで終わりか。こんなあっけなく終わるのか。死を覚悟したとき、若い男性の凛とした声が男性の絶望を突き破った。

「大丈夫ですかっ?!一緒に避難しましょう!」

無様に床に横たわっていた体に、誰かの腕が回される。そのまま、力強く持ち上げられる。助けてくれた誰かは、迷いない足取りで進む。朦朧とする意識の中で高齢男性は思う。こんな時に、赤の他人に手を差し伸べるなんてまるで勇者みたいな人だ。

「ぁ...りが....」

「無理に話そうとしなくて大丈夫ですよ。僕が責任を持ってあなたを助けます。安心して休んでいてください。」

高齢男性の意識はそこで途絶えた。


高齢男性が次に目覚めた時、そこは病室だった。目覚めた夫を見て、目の下に隈を拵えた妻が安堵の涙を流す。あの時の青年のおかげでこうしてまた妻に会う事が出来た。青年にお礼がしたいが、火災時の詳細を聞きに来た警察に彼の事を尋ねても何も分からなかった。分からない繋がりでもう一つ気になる事がある。あのホテルは全館禁煙。客室設備にも出火原因になるような物は無かった。深夜2時に調理室が稼働してるとも思えない。一体、火災の原因は何だったのだろう?



緑豊かな公園で、一人の母親が真っ青な顔で必死に周辺を探し回っている。1歳の愛娘の、可愛らしい鼻提灯を拭いてあげようと目を離した一瞬。たった数秒。近くの滑り台で遊んでいた、4歳の愛息子が居なくなっていたのだ。物陰に隠れて見えないだけかと思ったが、何度名前を呼んでも返事が無い。姿が見えなくなってから、かれこれ1時間は探し続けている。どこにも居ない。どうしよう。何で返事をしてくれないの?あの子に何かあったらどうしよう。どうして目を離してしまったのだろう。どうすれば良いの?どこにいるの?お願い、無事でいて。

頭の中がごちゃごちゃして、考えが纏まらない。最悪な想像に取り憑かれ、恐怖に押し潰されそうになっていたその時。

「何かお困りですか?」

聴き心地の良い、穏やかな声が耳に届いた。

声の主は、姿勢の良い、清潔感のある男子高校生だった。

「息子の姿が1時間位前から見えなくて...。」

「それは心配ですね。僕も探すのを手伝います。」

青年と話していると不思議な事に、頭の中の靄が晴れてきた。大丈夫。息子はきっと無事だ。


青年と手分けして息子を探す事、30分。

「息子さん居ましたよ〜!」

公園の奥の方から響いてきたその知らせに、一目散に走り出す。

ずっと探していた息子は、眠そうな顔を手でこすりながら反対の手は青年と繋いでいた。

駆け寄り、抱きしめる。良かった。無事で良かった。本当に良かった。安心したら、怒りが湧いてくる。

「何処に行ってたの!」

「分からない。」

「分からないってどういうこと!心配したのよ!ちゃんと説明しなさい!」

「本当に分からないの。気がついたらお兄ちゃんと手をつないでたの。」

怒られた息子が泣き出した。

「息子さん、この木の下でお昼寝しちゃってたみたいです。今起きたばっかりで記憶もぼんやりしてるみたいです。今日、ぽかぽかして良い天気だったもんね。木の下でお昼寝するの気持ち良いよね。けどね、一人で何処かに行くのは危ないからダメだよ?お母さんは、君の事が大切で、大好きだから怒っているんだ。君に何かあったらどうしようって凄い心配してたよ。」

「ママ、心配かけてごめんなさい。」

青年は息子を見つけてくれただけでなく、私の気持ちも、息子の気持ちも落ち着かせてくれた。本当に感謝してもしきれない。

「息子を見つけてくれて本当に有難うございました。」

「いえ。困っている人を助けるのは、人として当然の事です。」

なんて立派な高校生なのだろうか。

青年に再度礼を告げ、帰路に着く。

「さっきは怒ってごめんね。でも、どうしてあんな公園の奥にある木の下で寝てたの?」

「分からない。滑り台で遊んでたのは覚えてるけど、なんかその後はよく覚えてないの。気がついたらさっきのお兄ちゃんが居たの。」

私が目を離した僅か数秒で、どうやって息子は気づかれないように移動出来たのか。何故息子はその間の事だけよく覚えていないのか。助けてくれた男子高校生は何故木の下で寝ている少年が私の息子だと分かったのか。冷静になって考えると釈然としない部分もあるが、考えても疲れるだけだろう。頭を振って、気持ちを切り替える。

「今日の晩ごはんは何が食べたい?」

「唐揚げ!」

こうして息子と手を繋いで歩ける幸せを噛み締めながら、自宅へと歩みを進める。







「暇だ...。」

かつて勇者の伝記に胸を躍らせていた青年は、今やただの平凡な高校生。家に閉じこもり、勇者の末裔とは思えぬほど退屈な日々を過ごしている。500年前の勇者がめちゃくちゃ頑張ったおかげで、この国は今とても平和だ。平和すぎて、勇者の出番はどこにもないのだ。代々受け継いできた剣術も魔術も無用の長物。平和が一番だとは分かっている。だが、この身に宿る「困っている人を助けたい。」と言う衝動がそろそろ抑えきれなくなりそうだ。どこかに困っている人はいないだろうか?いないなら...。





最近、この街は物騒である。毎日どこかしらで痴漢騒ぎや原因不明な火災が起きてるし、不審者情報や行方不明者が急激に増加した。一体、この街に何が起きているのか。それを知るのは、勇者の末裔である彼、ただ一人である。


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