第7話 不穏な波動
玉城が少し乱暴に閉めていったドアを、リクはしばらくじっと見つめていた。
指先が緊張して冷たくなっている。
ぎゅっと両手を握りしめる。
強くなっていると感じる。
多恵に言われるまでもなく、リクには分かっていた。
そんなもの無ければ、それが一番幸せな力。
関わってはいけない念と波長が合うことによって、その意識を取り込んでしまう厄介な能力。
自分はまだいい。
長い期間を経て、危険なものほど遠ざける壁を作ってきた。
けれど柔軟で優しすぎる玉城にはきっとそれができない。
隙を見せればすぐに具現化した悪意に弄ばれる。現に今回も追われて怪我をしている。
ザワザワと窓の外の常緑樹がゆれる。
光沢のある葉に反射した光が針のように目を射し、リクは硬く目を閉じた。
『いったい、誰のせいなんでしょうねえ』
蘇った多恵の声に、胸の辺りがズキリと痛んだ。
願ったのかもしれない。
あのとき。
自分と同じものを見、自分を理解してくれる人が一人でもいれば、楽になれる、と。
もしも、そうなら。
自分のせいであるならば、自分がするべきことは分かっていた。
少しも難しくない。
今まで何度も繰り返してきたことだから。
リクはゆっくり目を開けた。
その時。テーブルに置いていた携帯のバイブが震えた。
玉城が半ば強制的にリクに持たせた携帯だ。
それのお陰で確かに救われたこともあった。
けれど、これのせいで依頼心が強くなる。
玉城は知っているのだろうか。
例えば霊力は携帯と同じだ。奴らが一方的に波長を合わせ、相手に受信させる。
ONにすれば勝手に用件だけ押しつけて、用が済めば自分からOFFにする。
無遠慮で気ままで、嘘つきだ。
リクは唸っている携帯を手に取った。そして、着信の名前を見てほんの少し首をひねる。
表示には『玉城』とあった。
携帯は無くしたと言ってなかっただろうか。
リクは訝りながらも電話に出てみた。
「・・・はい」
「あ、いきなりすみません。リクさんですか?」
「・・・・・」
電話の相手はもちろん玉城では無かった。
知らない相手にいきなり名前で呼ばれて不快感を覚えるリク。
言葉は丁寧だが、どこか気怠さを含んだ若い男の声だった。
「実はこの携帯を今朝、拾いまして。持ち主の玉城さんがお困りだろうと思いまして、ご本人を探してるんです。
今、そちらではないかと伺ったんですが。玉城さんは、いらっしゃいますか?」
滑らかな口調でその男はしゃべった。
「・・・いえ。今、ここには居ません」
「あ、そうなんですか。参ったな。・・・分かりました。もう少し探してみます」
「なぜ?」
「え?」
「なぜ本人を探すんですか?」
「ええ?・・・だって、それは、・・お困りだろうと思って」
「どこか近くの交番にでも届けてくれれば、そこに取りに行くでしょう?」
リクは静かに言った。
「・・・あ、そうか。そうですよね。気付きませんでした」
「・・・・・」
「・・・本当ですよ。嫌だな。・・・親切心でやってんのに」
わずかだが、相手の苛立ちが感じられた。
普通、そうだろう。
親切で持ち主を探してあげているのに、今のように言われたら。
誰でもムッとする。それくらいリクにも分かっている。
けれどもリクは、ためらわずに言った。
「あなた・・・ダレ?」
電話はプチッとひねたような音を出して、そこで途切れた。
電話の向こうの男の舌打ちにも聞こえた。