第4話 火種
「リクなら分かるだろ? 昨日の夜さ、見たんだよ。ちょうど転がり落ちて気を失う前ぐらいに。きっとあれは殺された女性が俺に訴えてきた映像なんだと思うんだ」
「霊が、映像を?」
リクがいぶかるように声を潜めた。
「うん。自分が殺される瞬間の映像をさ、俺に見せるんだ。強烈だったんで病院で寝てる間、何度も夢に出てきたよ。それほどはっきりした映像だったんだ」
「夢なんじゃないの?」
「あんなはっきり他人が出てくる夢があるか? きっと何かの波長が合って、その女が俺に訴えて来たんだよ。なあ、どうしたらいいと思う?」
玉城はますます、興奮気味に身を乗り出した。困惑ぎみのリク。
「・・・どうしたらって言われても」
「なあリク。俺さあ、犯人探ししてやろうと思うんだ」
「馬鹿じゃないの?」
「な! なんでだよ」
玉城は冷ややかなリクの言葉に声を荒げた。
「俺には分かるんだ。きっとあれは人知れず殺された女性なんだよ。無念で悔しくて、俺にその映像を見せてきたんだよ。こいつらなんだって」
「誰が信じるんだよ。随分昔のことかも分からないだろ? 犯人だって、もう捕まってるかもしれない。
仮にその犯人らしい人を見つけたとして、どうするんだよ、玉ちゃん」
「それは・・・」
「あいつらはいい加減で嘘つきなんだ。いちいち振り回されてたら、これから先大変だよ。人が良すぎるのも大概にしないと」
リクは静かな口調でそう言った。
玉城は不満そうな表情で目の前の青年をじっと見つめる。
物心ついた頃からその厄介な連中に翻弄され、付き合い方を模索してきたこの青年は、しっかりと自分の立ち位置を確立している。
けれどもやはり玉城の中の正義感がそれを疎ましく感じた。
「冷たいよな。リクは」
玉城はポツリと言った。
リクがムッとしたような鋭い視線を向けてきたのを感じたが、玉城はあえて目を合わさずに席を立った。
「悪かった。忘れていいよ。自分で考えるから」
そう言い残すと玉城はまだ座っているリクに背を向けてラウンジを後にした。
相談しておいてあの言い草は無いなと自分でも思ったが、やはりリクの冷たさは気に入らなかった。
少しは考えてくれると思っていたのに。
先程まで心地よい明るさを提供してくれていた太陽がどんより蔭を纏いはじめた。
急に夕刻になったような薄暗さだ。
リクの機嫌を損ねるといつもこうだな。もう少し怒らせたら雨でも降ったのかもしれない。
自分自身冗談とも本気とも分からない事を思いながら、玉城はエレベーターに乗り込んだ。
「何の話だったんですか?」
静かにゆっくり背後から近づいてきた多恵が、リクの後ろまで来たところで大きな声を出した。
考え事をしていたリクがハッと驚いたように多恵を振り向く。
その表情さえ魅力的に思え、多恵はニンマリと口元を緩めた。
初めて玉城の部屋でリクを見たときから、多恵はこの青年の美しさに魅了されていた。
世間で持てはやされるイケメンの類とはべつの、凛とした神聖なものを感じる。
それはこの青年が持つ、人並みはずれた厄介な力のせいなのかもしれない。
自分にもほんの少しばかりある力。見るべきものでない者たちを見る力だ。
「いったいどうしちゃったんですかねえ、玉城先輩。さっきの話、本当だと思いますか? お酒に酔って、階段から落ちたって話。私の知る限り、泥酔するほどお酒を飲むような人じゃないんですよね」
こっそり後ろで二人の会話を聞いて真相は知っていた多恵だが、あえてとぼけてみた。
リクは、多恵がリクの霊力に気づいているのを知らいのだ。そのことが、多恵のいたずら心をくすぐる。
「さあ、どうなんだろうね」
興味無さそうにリクが言う。
「ねえ、リクさん知ってます?」
多恵は構わず話を続けた。
「玉城先輩、この頃霊とかよく見るらしいですよ」
「・・・・・」
リクが反応した。
「私にもほんの少し霊感あるから分かるんですけど、昔は全く彼、そんな力無かったんですよ。ここ1年くらいらしいですね、変なもの見るようになったのは。何ででしょうね。誰か、すっごく強い霊感の持ち主が身近に現れて、影響うけちゃった・・・とか」
「・・・・・」
「だとしたら、ちょっと可哀想」
多恵はリクの正面に座ると、頬杖をついた。
少し青ざめて不安そうに見つめてくるリクの綺麗な瞳を覗き見て、多恵は続けた。
「やばいくらいに強くなってますね。先輩の霊力。危ないなあー。いったい、誰のせいなんでしょうね」
窓から見える街路樹の緑が、無いはずの風にざわりと揺らいだ。
「じゃあ、長谷川さんに怒られないうちに私、仕事に戻りますね。またね、リクさん」
多恵は席を立つともう一度、目を伏せて黙り込んでいるリクに視線を落とす。
そして満足そうに口元をほころばせると、軽い足取りでラウンジを後にした。