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最終話 分からず屋の鳥

「どう? 警察は動いてくれそうですか?」

玉城は携帯の向こうの長谷川に話しながら一人、駅へ向かって歩いていた。

『ああ、きっとね。警察の方はどんな情報だって欲しいと思ってるんだ。まずは徹底的に調べるよ。近いうちにきっとケリが付くと思う』

電話の向こうの長谷川が、その後の経過を玉城に伝えた。


リクがあの情報を手に入れてから2日目の朝。

早々に病院を退院した玉城は一部始終を長谷川に聞いた。

「今日あたり俺も警察に行って、見たままを話そうと思います。今さらだけど」

『そうだね、ひき逃げの方にも繋がるかもしれないし』

「ですね。骨の一つも折っとけばもっとあいつらの罪が重くなったかもしれないのになあ」

『馬鹿が』

玉城のおもしろくもない冗談に、長谷川は笑ってくれた。

軽く礼を言って電話を切った玉城は、駅へ足を速めながら清々しく晴れた朝の空気を大きく吸った。


一件落着と言いたかったが、心はモヤッとしていた。

腹立たしいと言った方がいいかもしれない。

携帯をもう一度開き、リクの番号を押すが依然として繋がらない。留守電にさえ切り替わらない。

一番礼が言いたい相手に、もうずっと拒否られている気がした。

ムッとしながら無意識に押したボタンで、長谷川の前に掛けてきた人物の名が表示された。

リクの作品を独占的に扱っている画廊のオーナー、佐伯からの着信履歴だ。

その佐伯と先程話した内容を思い出し、玉城はますます苛立った。


“また逆戻りだ。あいつはちっとも学習しない!”


腹立たしくて仕方ない。玉城は眉間に皺を寄せると、足音を響かせて駅の改札を抜けた。

定期を取り出す時に一緒にバッグから出てきてしまった朱色のお守りを、無意識にぎゅっと握りしめたまま。


    ◇


小さなボストンバッグを一つだけ持つと、リクはガランとした部屋をもう一度見渡した。

いろいろ住居を変えてきた中でも、この家には少し愛着がある。

騒がしいが憎めないあの男が、何の前触れもなくひょっこり訪れた家。

けれど、もう居られない。


封印を解いた扉を、リクはまだ閉じることが出来ずにいた。

昼夜を問わず黒い影がうごめき、聞きたくも見たくもない映像に心を浸食され、一睡もできずにいた。

改めて悲しみや恨み、負のエネルギーの獰猛さを思い知った。

もちろんここを去ってもリクにまとわりつく亡者達が剥がれていくことはない。

けれど自分の体を通して外へ染み出していく強い念が、他人へ入り込むのを少しは止められる。

もう影響を与えたくない。


『昔は彼、全くそんな力無かったんですよ』

『いったい、誰のせいなんでしょうね』

ふいに蘇った多恵の声を振り払うように一つ息を吐くと、玄関のドアをゆっくり開けた。


「あ」


二人の声が同時に重なる。

ドアの前に立っていた玉城が安堵とも怒りとも付かない表情でリクをじっと見た。

「どこか、行くのか?」

玉城は低い声で聞いた。

「・・・」

「何時頃帰る?」

リクは答えにくそうに目をそらした。

玉城はムッとしたようにリクを睨む。


「あの時と同じじゃないか。何も言わずにふらっと消える。あのさ、お前は渡り鳥じゃないんだから」

「なんで来たの」

「佐伯さんが電話してきたんだよ。リクがあそこを出ていくそうなんですが、ご存じですかって。心配してた」

「佐伯さんにはこれからも連絡とるよ。作品も送るし。ちゃんとそう言ったのに」

「こっちだってまだお前の記事を書く!」

「好きに書いてくれればいいよ。でも取材はもう断る」

「何だってそう人との付き合いを断ち切るんだ? そんなんでいいのか? 長谷川さんにも世話になったんだろ?」

「・・・ちゃんと電話する。仕事も続ける。迷惑もかけない」

叱られたこどもの言い訳のように視線を外しポツポツと言うリクに、玉城は呆れたようにため息をついた。


「なんでそんなに一人になりたいんだろうな、お前は。たまに会ってお酒飲んでくだらない話しすんのとか必要だろ? それに俺、最近霊力強くなっちゃったからさ、リクにいろいろ相談したい時とかあんだよ。だからさ…」

「それだって、僕のせいかもしれない」

「え?」

吐き出すようにリクが言った。

「玉ちゃんは霊力なんか持ってなかったんだろ? 僕のが影響したのかもしれない」

「はあ?」

「だったらこれ以上迷惑掛けたくない。怪我をしたのだって、僕のせいだ」

「おいおいおい、なになになに?・・・もしかしたら多恵ちゃんか? 変なこと吹き込んだの」

「ただでさえ玉ちゃんの力が強くなってるのに、僕は扉を開いたんだ」

「何?・・・それ」

「自分でも制御できない。どんどん流れ出してくる。また、周りに影響与えてしまうかもしれないだろ?」

「ちょっと待てって」

玉城はリクの肩を掴んだ。

「じゃあ、お前はなんだ? そいつらと心中しにいくつもりか?」

リクは青白い顔で玉城をじっと見た。

「あのなあ、リク。仮にそうだとして、なんだよ。俺はけっこううまくやってるよ。人間なんて影響し会ってるもんなんだよ。生きてる限り、迷惑かけあってんだ。お互い様なんだって。今回のことだって俺、どんだけお前に迷惑掛けたか知れない。俺バカだし突っ走るから、いっぱい迷惑かけたろ? 俺はさ、初めて会ったときの事件だって、未だに悔やんでるんだ。リクを危険な目にあわせたこと。今回も言えずに終わったらどうしようと思って飛んできたんだ。どんだけ焦ってたか分かるか?」

玉城はそう一気に言うと、急に姿勢を正して一歩下がった。


「ありがとう、リク。そして、ごめん」

玉城はそう言うと、深々と頭を下げた。

リクはどうしていいのか分からずに、戸惑った表情でただ、頭を下げたままの玉城を見つめた。

「・・・嫌だな。なんか、気持ち悪いから、やめてよ玉ちゃん」

ぽつりと、本当に嫌そうにつぶやくリク。

ゆっくりと下から見上げて玉城は、残念そうに顔を歪めた。


「本当にムカツク。・・・きもち悪いとか・・・」

心底傷ついた様子の玉城に、リクはやっと可笑しそうに笑った。

それに安心したように玉城は体を起こし、一つ息をついた。

とても気持ちのいい春先の青い空を見上げる。


「その扉ってさ、開けてしまったんなら、閉じればいいじゃん」玉城が言う。

カサカサと光を散らして揺れるケヤキの葉の音が心地いい。

「簡単に言うね」

「簡単だよ。どんな問題でもさ、解決方法は意外と簡単なんだ。一人で無理なら二人でやればいい、とかさ」

そういうと玉城は握っていた朱色のお守りをリクの手に握らせた。

まだ記憶に新しい、『魔除け』と書かれた派手なお守りだった。


リクは手のひらに乗せたその小さな袋をじっと見ながら、柔らかく笑った。

「ありがとう、玉ちゃん。でもさ。何度も言うようだけど、このお守りは全然効かないから」

「あれ? やっぱり覚えてた? 残念」

そう言って玉城も笑った。

チチチと、軽い音を立てて、青い空を黒い影がスイとよぎった。

旅を終えた渡り鳥が二人の頭上を大きく旋回する。


「帰って来たね」

「ツバメだもんな」

「また行っちゃうけど」

「鳥だからな」

「鳥だもんね」

二人はそうぽつりとつぶやきながら、眩しい空に目を細めた。


    ◇


「な~んだ、まるく収まっちゃいましたね。何だかんだ言って」

今は空き家になっているリクの家の隣家の塀の影から、そっと覗いていた多恵が声を潜めてぼやいた。

「なに。なんか不満なの?」

その後ろから長谷川が低い声で問う。

「だって~、私も佐伯さんに聞いて慌てて飛んで来たのに。出る幕ないんだもん」

「あんたが出たら、収まるものも収まらないよ」

「ひどいなあ、長谷川さん」

多恵がプッと頬を膨らませる。

「でも、雨ふって地、固まっちゃったな。もうちょっと荒れるの見たかったかも」


「・・・ねえ、多恵ちゃん?」

長谷川は眉間に皺をよせて背後から多恵を見据えた。

「はい?」

「まさかとは思うけど、あんた、何か雨降らせた?」

「えーー、いやだな~。そんなこと、しませんよおーー」

多恵が振り返り、パーにした両手をひらひらさせた。

「そうよね。・・・そんなことしてたら生かしちゃおかないから」

凄んだ長谷川の声に、へへっと多恵は笑い、再び前を向く。


「でも私、好きなんですよねえ~」

「何が」

「リクさん」

「・・・・・」

長谷川の眉間の皺が深くなる。


「私ねえ、長谷川さん。昔から好きになった人、困らせてみたくて仕方なくなるんですよ。なんだか無性にね」

そう言うと一瞬振り返り、多恵は無邪気にニコッと笑った。


・・・やっぱりこの女だな。火種を蒔いたのは・・・

長谷川は、新入社員の皮を被ったその無邪気な小悪魔を見下ろすと、大きくため息をついた。




       

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