第15話 帰ろう
吉ノ宮神社に車を飛ばしながら長谷川は何度もリクの携帯にコールした。
けれど電源が切られているらしく、全く繋がらない。
自分も行くと言って聞かない多恵と玉城をなだめ、会社に戻って営業車を借りた。
車の運転は久しぶりだし、神社への道順も頭に入って無かったが、まあ問題はないだろう。
そう思いながらちらりと時計を見る。時刻は深夜0時を越えた。
3月下旬とはいえ、夜の気温はぐんぐん下がっていく。
交差点で止まると、長谷川は冷たくなった指先をこすり合わせた。
その冷たさは、寒さのせいばかりでは無かったかもしれない。
リクがそこにいる確証は何もなかった。
だが他に思い当たらない。いつも携帯をオフにしているあの青年に、改めて長谷川は腹が立った。
信号が青に変わった瞬間だった。
ふいに携帯の着信が鳴った。玉城だろうか。
相手の名前を確認した長谷川はハッとして、急いで車を路肩に寄せた。
「リク!」
思わず大きな声で呼びかけてしまった。
びっくりしたのか、電話の向こうは返事を返してこない。
「リク、どこにいるの」
少しトーンを落として再び呼びかけると、リクの声が小さく返ってきた。
「長谷川さん・・・声でかいって」
そう言ってクスリと笑う。けれどその声は長い眠りから覚めた時のようなボンヤリした弱々しいものだった。
「今どこなの? 家から?」
「今・・・どこかな。よくわからない」
「分からないって何よ。子供じゃないんだから。それとも迷子にでもなった?」
「うん、そうだね。迷子になった。・・・長谷川さん、迎えに来てよ」
「はあ? 寝ぼけたこと言ってんじゃないよ。あんたの使用人じゃないんだから」
リクは小さく笑った。
「ごめんね、長谷川さん。こんな時間に電話して。・・・もう家?」
「あたりまえでしょ。もう寝るところよ」
長谷川はハンドルをグッとにぎり、静止している外の闇をじっと見つめた。
リクの声が消えそうに弱々しい。
胸が掴まれたように苦しかった。
「・・・そうだよね。ごめん。じゃあ、また」
「あ! 待って! リク!」
「・・・ん?」
「今どこ?」
「・・・だから、分からない」
「ふざけてんじゃないよ。ちゃんと周り見なさい! 迎えに行くから言ってみ」
思わず怒鳴るように声を荒げた。
「・・・暗くてよく見えないけど、バス停がある」
「停留所の名前は? 何て書いてある?」
リクが少し時間をかけながらその名を告げると、長谷川はドアポケットに突っ込んであった地図を取りだして素早く探した。
「いい? そこ、動くんじゃないよ、絶対に。今から行くから」
「・・・子供みたいに」
「子供より手がかかるよ、馬鹿」
それだけ言うと長谷川は素早く車を出した。
腹立たしさと、焦りと、そして安堵感が奇妙に交錯した気持ちだった。
◇
それから1時間後。
長谷川はリクが走り書きしたメモを握りしめ、再び運転席にどすんと座った。
助手席には静かに眠るリクがいた。
その顔はとても青白く疲れ切っていたが、どこにも怪我は無いようなので長谷川はホッとしていた。
教えられた場所は、寂れた工場跡の近くのバス停だった。
ただ暗闇にポツンとカカシのように立つそのポールの横に、ブロック塀にもたれて眠っているリクを見つけた。
夜の冷気に冷え切ったその体を揺すると、リクは子供のように手で目をこすりながら
「ごめんね」と申し訳なさそうに笑った。
そして、そのメモを渡してきたのだ。
そこには4人の名前と、どこかの店の住所が書き込まれていた。
「これね、殺された女の人の名前と、殺した3人の名前。それから、溜まり場に使ってる場所。この3人が玉ちゃんも襲ったんだ」
それだけは調べたが、そのあとどうしていいかわからない。だから長谷川さんに相談したかったんだと、リクはそれだけ言うと疲れ切ったように眠ってしまった。
相変わらず言葉が足りない。
こんな場所で、こんなに死にそうに疲れ切ってる訳を少しも説明してくれない。
けれども、長谷川にはもうそれだけで充分だった。
この子の持っている厄介ごとは、玉城と多恵を問いつめて自分なりに理解出来たと思った。
理解したいと思った。
「あんたは、あの女に体を貸してやったんだね。情報をもらうかわりに。どう? 図星でしょ?」
長谷川はリクの体にそっとシートベルトを掛けると、子供にするように優しくその髪をなでた。
「じゃ・・・帰ろうね」
長谷川はそうつぶやくとエンジンをかけた。
帰りは安全運転でいこう。来るときは制限速度を軽く50はオーバーしていたはずだ。
そんなことを思い出す余裕ができた。さっきまでは自分らしくもなかったと一人口元を歪める。
人形のように寝息も立てず眠る青年をもう一度確認すると、長谷川は静かに車を出した。