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第14話 美希

「だいたいさあ、もっと時間かけて深くに埋めないからこんな早く見つかっちゃうんだよ。死体がさ。アキラが急がすからよ」

アサミが破れて中綿のはみ出した布製のソファに座り、ぼやいた。

「いいんだって。どっちみち死体は見つかるって。それにビビることないだろ。あの家出娘、親にも見放されて天涯孤独だったんだし。俺らと美希を繋ぐ情報はないんだから。ばれることないって」

古い傷の無数に入った木製のカウンターに缶ビールをコンと置いて、孝也は横に座るアキラに視線を送った。


「あの男は死んでない」

アキラが鋭い視線を孝也に返した。

「まあ、・・・確かにそうだけど」

そのひき逃げ事件は深夜TVのローカルニュースでちらりと触れただけだった。

被害者はかすり傷だという喜ばしい情報はアキラを究極に苛立たせた。

「でもさ、案外覚えて無いんじゃない? しゃべるならもうとっくにしゃべってるだろうし」

「ただ面倒くさくてまだ黙ってるだけかもしれないだろ。関わるのが嫌だとか」

アキラは飲み干した缶ビールの空き缶を片手でぐしゃりと潰してカウンターに転がした。

その苛立ちさえも辛気くさくて孝也は気付かれないように舌を打つ。

「あー、もう、なんかスッキリしねえな。やっぱりさ、ちゃんと片づけちまおうか」

孝也がそうつぶやいたすぐ後だった。


『ちゃんと 片づけるって なに?』


そこにいる誰のものでもない声が低く響いた。

ゾッとするような、落ち着いた女の声だった。


3人は顔を見合わせ、次にその廃屋と化した店の中をぐるりと見渡す。

けれど誰も居るわけがなかった。

アサミは磨りガラスの小窓をスライドさせて、ほとんど光のない屋外を覗き見た。

「・・・誰?」

アサミが叫んだ。

「誰かいるのか?」

「車の横に誰かいた」

アサミがそう言い終わらないうちにアキラは立ち上がり、ドアから外に走り出た。

孝也とアサミも続く。


店の外は数メートル先の街灯でようやく地面が見える程度の寂れた路地だった。

歩道に乗り上げるようにして止めてあった中古のセダンは、何者かによってカバーが外されていた。

そのボンネットには雨でもないのに水でなぞった☓印が大きく書かれている。

ハッとしたように辺りに人影を捜す3人。


「誰かいるんだろ? 出てこい!」

アキラが大声で叫んだ。隣接する閉鎖された工場の壁にその声が空しく響く。

「さっき窓からちらっと見えたよ。男が立ってた。ぜったい近くにいるから!」

アサミが興奮したようにそう言うと、孝也は腹立たしげな表情で、すぐ先の角まで走った。

隠れるならそこしかない。


けれど細い通路に折れるその角を覗き込んだ瞬間、まるではじき飛ばされるように孝也は尻餅を付いた。

そしてそのままジリジリと後ろに下がっていく。

その目は見開かれ、恐怖に引きつっていた。

「どうしたの、孝也」

アサミの声に振り返った孝也が、ブルブルと顔を横に振り、

「美希が・・・」と、かすれた声でつぶやいた。


「なに馬鹿なこと言ってんのよ」

孝也の最低の冗談に怒り、近づこうとしたアサミの横で車のボンネットがいきなりボン! と音を立てた。

「なによ!」

びくりと肩をすくめてその場所を見る。

水のようなもので書かれた☓の文字が、ジェルのようにドロドロと粘質化して溶け出した。

そのジェルはまるで意思をもつアメーバのようにゆるゆると何かの形を成しはじめた。

青ざめ硬直するアサミの目に映ったのは、紛れもない美希の顔だった。


「どうしたんだよ」

様子がおかしい二人の方に走り寄ろうとしたアキラだったが、ふいに首に何かがまきついたような感覚があり、振り払おうと手を動かした。けれどそこには何もない。依然、首には細い布を巻かれたような違和感が残っているというのに。

総毛立つような恐怖が沸き立ち、何度も爪を立て、首の異物を払おうとする。

けれども手に触れることのない「それ」は、さらに幾重にも首に絡みつき、じわじわと締め付けてくる。

「うわああぁぁぁ」

あまりの不快感と息苦しさにアキラは地面に転がり、目を硬く閉じた。


『苦しい?』


アキラの耳に、最初に聞いたのと同じ、低い声が響いてくる。

認めたくは無かったが、確かに聞き覚えのある声だ。

堪らずアキラはガッと目を見開いた。


そのすぐ鼻先に美希の顔があった。

何度も何度も、形が分からなくなるほどに殴りつけた、あの日の美希の顔が。



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