主役を張れなかった日
「全部ダメだ、何もわかっちゃいない!役を降りろ!」
3年目にしてようやく回ってきた主役の座を、稽古初日30分で降ろされることになった。
高校入学と同時に演劇部に入った。
興味はあったけど、ずっと躊躇っていたのもあって、高校生になってやっと部活として足を踏み入れたのが、演劇部だった。
お芝居というものに想像以上に苦戦したけど、想像より楽しくて、どんなに下手でも部活を辞めなかった。
他の部員の方が明らかに上手くて、定期公演では私はいつも端役だったし、後輩が入ってきてもそれは変わらなくて、どんどん抜かされていっても、人一倍台本と向き合った。
『自分では出来ないと思っている最も苦手な役で受かる』、というのは演劇あるあるだと先輩が言っていた。
その先輩は誰が見ても上手で、いざという時の主役を任されることが多かったから、先輩がどの役を苦手としているのか私にはわからなかった。
でも、言っていることは正しかったのだと3年生の春にわかった。
部活内オーディションではじめて主役に受かったのは、私が一番上手く出来ない天真爛漫な少女役だったからだ。
顧問の先生がなぜ受からせたのかは、わからなかった。
今までの私の芝居では難しいと知っているはずなのに。
殻を破れということ?
それとも、たいして部員もいない中、3年生のうちで1人だけ主要人物をやったことのない私への慰め?
どっちでもいい。
はじめて大役を任されたんだ。
絶対いいものにしてみせる…!
意気込んだだけで、稽古初日の30分しか主役はできなかった。
先生に「台本の何を読んできたんだ」と言われ、後輩と役を入れ替えられた。
…私には、何が足りなかったのかな。
「圭、一緒に帰ろう」
「…私、台本読み直してから帰るから」
「いいから、今日はファミレス!付き合って!」
その日、稽古中どうやって過ごしていたのか、部活終わりに部長の雅に声をかけられるまで、自分でも覚えていなかった。
「私はね、圭の主役がよかったよ」
これから夕飯があるだろうに、パスタを食べてドリンクバーのコーラを飲み干してから、雅はそう言った。
「ありがとう…」
「正直、代わったあの子より圭との芝居の方が楽しいしね」
「部長がそんなこと言って平気なの?」
「今はただの友達として言ってるからセーフ」
たらこパスタをもぐもぐさせながら、雅は顰めっ面をした。
「圭はセリフの受けが上手いから、パスするのが楽しいんだよ。次何を返してくれるのかなって」
「それは、うれしいな…」
「ただ、それ自体が主役本位じゃないってだけなんだと思う」
「…主役、本位」
「主役は受け取るよりも、主張するくらいじゃないと真ん中を張れないからね」
「……」
「それでも、受け取り上手の主人公を私は見たかった」
「…うん」
「代わりの子は、快活さはすごく出来ているけどそこ以外は雑だからね。圭があの役を出来たら、絶対に化けてた。だから、楽しみだったし、…悔しいよ」
雅はそこまで言うと、顔を歪めながらたらこパスタを口に詰め込んだ。
くやしい。
そうか、…私、はじめて役を降ろされて悔しいんだ。
ああ、ちゃんと悔しいかもしれない。
やっと回ってきたチャンスだったのに。
もっとあの役やりたかった、わかってあげたかった、私にも出来るって思いたかった。
主役、出来なくなっちゃったな。
でも、天真爛漫な苦手な役、やらなくて済むのちょっとホッとしちゃったんだよな…。
これ以上、無様なところ見せなくていいって。
「…圭、今日は奢るからなんか食べなよ」
「帰ったら、夕飯あるし…」
「今食べて、その気持ちをストックしておくんだよ。いつか絶対芝居で使えるからっ!」
雅はメニュー表を無理矢理渡してきて、注文するように言った。
私は悩んで、雅と同じたらこパスタを追加注文した。
「まだ引退じゃないから、圭の主役、私まだ諦めないからね」
「…うん」
「もちろん、私だって主役をとりに行くからね」
「……うんっ」
役から逃げた自分と、貪欲にチャンスをとりに行く雅は、真反対で余計に惨めな気持ちがしてくる。
次は逃げないって、今決めなきゃ。
「泣けるなら大丈夫。圭はまだ終わってないよ」
雅はようやく笑って、ドリンクバーに私の分のメロンソーダまで取りに行ってくれた。
ここのたらこパスタは食べたことのあるはずなのに、前よりもずっとしょっぱかった。
了
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