6話 貴族だからさ
覗き込んだゴミ部屋は、すっかり整然としていた。
窓が開けられ、空気も清々しくなっているわ。
「……凄いじゃない」
「「アザス!!」」
キラキラした強烈な圧に思わず後ずさる。
これがお仕着せの威力……?
「……こほん。マイクとミシェルは成果を報告して。他は先に休憩。グリースは、厨房でお茶やお菓子が残っていたら譲ってもらって」
「「シャス!!」」
「了解」
「私も行き「あなたは私の隣。静かにね」……はーい」
マイク筆頭の片付け組は文句なし。書類のみならず落ちてたコインやらペン、舐めかけのあめ玉まできっちりと仕分けている。
役人組は――眼鏡の男ミシェルが、真っ青な顔で口を開いた。
「2つ、非常に申し上げにくいご報告があります。1つ目は、こちらです」
バサリとデスクに分厚い紙束が置かれる。
「12日前――つまり、クーズイル国王陛下失踪後、すべての書類業務が放置されております。裏面には――ああ、字が汚いな」
ミシェルは眼鏡を上下させた。
「えー『ラブ・ミー・テンダー!美の女神・アフローデが俺を溺愛す「美の女神はアフロディーテ!」しかし記述は」
「今後は一切音読禁止!!」
……ゴーミルめ!!
ぎちりと鉄パイプが鳴る。
彼は、死んだ目でもう片方をデスクに置いた。
「こちらは半月前に起きた大規模土砂崩れの支援嘆願書です。本当に、どうしたものか……」
「……嘆願書!?なんでそんなものが放置されているの!?……国璽や譲位宣言書は?」
2人は静かに首を振った。
「王子の印章指輪はありましたが……これでは」
やっぱりバカのか。どうせなら国璽を置いていけばいいものを。
「このままでは手が出せないわね……嘆願書の内容は?」
「精査はまだですが、概算で……150億となります」
「……なっ……」
「おーい、みんな腹が減ったってよ。ほら、空いてる部屋で食うぞ」
戻ってきた熊は大きな籠とポットを抱えていた。
――
10人で囲むには手狭なテーブルに、お茶、果物、お菓子がこれでもかと並ぶ。
男たちとミュウは嬉しそうに頬張り始める……まぁ、平民ですもの。マナーには不問にしましょう――ただしミュウ、あなたは別よ。
細い手首をピシリと制してから、隣に座る大男に小声で問う。
「ねぇグリース?量が多すぎないかしら」
「みんなが頑張ってるからって、寄越してくれたんだ。よかったな」
「それはありがとう。でも、食糧庫は有限よ。災害地域にも食糧を送らないといけないわ」
グリースは大きく瞬きした。
「なるほど……悪かったな。後で伝えておく。しかしせっかく用意してくれたんだ。ある分は有り難く食おうぜ」
「……そうね」
一番近くにある焼き菓子を口に運ぶ。少し粉っぽい硬焼きビスケット。
甘味を名乗るにはお粗末だけれど、雑に淹れた甘いお茶と合わせると思った以上に悪くない。
3枚ほどいただいて、口元をハンカチで拭ってから席を立つ。
「えぇっ姫様!もっとゆっくりしましょうよ」
「マイク達はごゆっくり。わたくしは嘆願書を確認しないと」
腰を上げようとすると、クンと抵抗があった。ミュウの小さな手がスカートを掴んでいる。
「あなたも休んでいいのよ。疲れたでしょう?」
「お嬢様はもっと疲れてます。だからもっともっとお菓子を食べてください」
口の端を下げ、何かを耐えるようにぎゅっと目を閉じる。
「……泣かないの」
「泣いてないです!でも、お嬢様が仕事に戻ったらいっぱい泣きます!!……なんで、お嬢様ばっかり辛い思いをするんですか!?なんで!?あいつらがぜんぶ悪いのに!!可哀想すぎます!!」
「……わたくしが、貴族だからよ」
「そんなの関係ない!!やだぁ~!!お嬢様のバカ!!つよがり!!」
……わからない子ね。ため息をついてミュウの背を撫でる。
シンと静まり返った円卓。非難の視線を受け、僅かな不快感と諦念を飲み込んだ。
突然、ミシェルが口を開いた。
「国璽がありませんが、ヴィルシュ侯爵家令嬢は戻って何をされるんですか?」
「……それは」
「血判でも押しますか?貴方が王か定かでもないのに」
目をそらす。
「……ゴーミルから、王冠を譲渡されたわ」
「でも法的根拠がない。だから、譲位書類を俺たちに探させたんでしょう?」
「……」
「元法務局員の立場で言いますとね、このままではヴィルシュ侯爵家は簒奪罪に問われます。本来なら食糧庫や執務室に入ることだって」
「――わかっているわよ!!」
ぷつん、と心のなかで何かが切れる音が聞こえた。
「ではどうしろというの!?責任者不在の国で!目の前には爆発寸前の民がいて!そのまま殺されろとでも!?――冗談じゃない!なぜわたくしが、尻拭いで死なねばならないのよ!!」
「責めているわけでは……」
「ねぇ誰が悪い?あいつらに決まっているでしょう!?災害を放置して逃げるなんて信じられる!?知ったからにはそのままにはできないじゃない!わたくしはヴィルシュの娘よ!!愚物と一緒にしないで!!」
一気に叫んで、肩で息をする――やってしまった。
今まで被っていた、慈愛の仮面が、壊れてしまった。
唇を噛んで俯いた。これでは、彼らと何も変わらない。わたくしは、何の権限も持たない、ただの娘――それを認めてしまった。
「……なぁんだ!お嬢様も怒ってたんじゃないですかぁ!!」
ミュウの能天気な声が空気をかき割った。
顔の穴という穴から水分を垂れ流しながら、安心したように笑って。
「ぐすっ、やっぱりあいつらが悪いんですね!早くとっちめちゃいましょう!」
「あのねミュウ。今はそれどころではなくて、いえ、そうなのだけれど。問題が山積みなの。聞いていなかった?」
「難しかったですぅ」
「……そう」
グリースに渡されたタオルでヂーン!!と鼻をかむミュウ。
グチャグチャのタオルを見て、大きくため息をついた。
椅子に腰を下ろし、渇いた喉に僅かに残った紅茶を流し込む。そして、無言でカップをつき出した。
ミュウがいそいそとお茶のおかわりと追加の菓子を用意する。
わたくしはビスケットを口に運び、噛み砕いた。
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