11話 いいじゃないの 偽物の聖女で
お父様の無機質な瞳に、ざわりと肌が粟立つ。
思わずまばたきした次の瞬間には。
彼はすでに、悲痛な父親に変貌していた。
「……すまなかった。私は愛し方を間違えていたようだ。……ディア。ディアに何が起き、何を為そうとしているか私に教えてくれないか」
……?
両腕を広げてゆっくりと近づくお父様を見て、熱くなっていた頭の芯が急速に冷えこむ。これは……?
――!ひっくり返った!!
もう、隙を見せてはいけない。
わたくしは『娘の仮面』を被りなおして、慎重に言葉を選ぶ。
「お父様、ありがとうございます。……王、貴族、官吏が責務を放棄し、ゴーミル王子殿下は、わたくしに王冠を託し姿を消しました。王なき今、わたくしがロンディネを背負っております」
「……なるほど。それは大変だったろう。苦労をしたね。ああ、ディアは本当によく頑張っているよ」
目尻を下げて涙ぐむ姿は『娘に寄り添う父親』そのもの。
……ここからが本番。駒を動かす順番を、間違えてはいけない。
まずは一つ目。
「いいえ。民の辛さに比べれば些細なものです。半月前の東部大規模崖崩れはご記憶にありますか」
「当然だ。私たちも、微力ながら力添えをしたよ」
言いづらそうに、でも皆に聞こえる声で、告げる。
「……出願された支援嘆願書が、手つかずで放置されていました。2万名の民に、未だ救済の手が差し伸べられておりません」
お父様の眉がわずかに跳ね――大きく目を見開いた。
「なんと恐ろしいことだ……!それは本当なのか!?」
「ええ。彼、グリースさんの朋友が探し出したのです。急ぎ処理を行おうとしましたが、証無きわたくしに進める手立てはありません」
わたくしは静かに涙を流す。
「東部への慈悲をお願いしたく、恥を忍んで戻りました。ここに集った皆は、志を同じくする仲間です」
お父様は集まった民たちを感心したように見渡した。
「――なるほど、それは最優先事項だ。私を頼ってくれて嬉しいよ」
彼は改めて腕を広げる。対してわたくしは、パァッと希望の光を見つけたように笑った。
それだけ。――まだよ。分かっているでしょう?
「ありがとうございます!ディアは『慈愛と節制』の長、アシュレイ・ヴィルシュの娘であることを心から誇りに思います!」
背後では「さすがヴィルシュ様!王家とは違うさ!」と期待に満ちた空気が漂う。
……完全に、取り返した!
「はは、あまり褒められると照れてしまうよ。しかし、我が家とて財源は無限ではない。わかっているね?」
わたくしとお父様、同時にミュウを盗み見る。幸い彼女は愛犬のカイトとじゃれ合っていて、揃って胸をなでおろす。
さぁ、次。
「もちろんですわ。合計、150億。それが王家に要請された額です」
「なんと!?国家予算の約1/10など、貴族といえどもそうそう用意できるものではないぞ」
普通の貴族ならね。
「そんな……それでは、民たちは……」
打ちひしがれるわたくしに、お父様が手を叩く。
「そうだ!人手なら派遣できる。石材もだ。崩落した道の整備を提供しよう」
「嬉しい、さすがお父様ですわ!ぜひ『並行して』お願いします!」
「ああ、しかしあまり交流のない土地でね。ディアが『橋渡し』をしてくれれば、先方も安心するだろう」
「ええ、もちろん。領主様には『申し伝え』ますわ!」
土木工事事業くらい、自分で頭を下げなさいな。
父娘は美しく微笑みあう。椅子代わりのグリースがブルリと震えた。
「ああ、復興の光明が差しました!……でも、今苦しむ民には直接の救いが必要……ヴィルシュ家まで道すがら、どの貴族も手を差し伸べようと表に出てはくれませんでした」
出られるわけがない。だってこの集団、怖いもの。
「……我々には、もうお父様しか縋る先がいないのです。どうか、ご慈悲をくださいまし」
憂いを帯びた表情。健気に結んだ両の手。聖女のごとき私の背後――お父様の正面には固唾を飲んで見守る民衆。
「……なるほど。我等貴族が不甲斐なく悪かった。さすがに全額は難しいが、100億はヴィルシュと我が派閥がロンディネ貴族の名にかけて寄付をしよう」
足りないわよ?歓びに沸く民を背に小さく睨みつける。
「お父様、ありがとうございます!残り50億……ああ、どうしたら」
途方に暮れる表情を浮かべる。
心の中で舌打ちをしながら、最後の駒を手に取った。
「莫大な額だと存じてはおります。でもどうにか『融通』してはいただけませんか。わたくしは、民と共に生きる『覚悟』がございます」
「……ディア。その『覚悟』は確かなのかい。決して折れることが許されない道だよ」
迷いなく、頷く。
「もちろんです。今は仮初めの立場ですが、冠を賜った者として責任を全うするつもりです。――その時は愛するお父様とヴィルシュ家に精いっぱいの『ご恩』をお返しいたしますわ!」
愛深き父が、茨の道を歩む娘の覚悟を問う。
観客は鼻をすすり、父親の答えを待つ。
「……いいだろう。ただし、ここから一歩でも踏み出したら、為すべきことが終わるまで我が家の敷地に足を踏み入れることは許さん。いいな」
「……ありがとうございます!次にお会いするときを楽しみに励みます!」
グリースを小突く。わたくしは彼に鉄パイプを押し付け、華麗に地面に着地した。
思い切りお父様に抱きつく……!彼は力強く抱きしめ返し、小さく囁いた。
「――利子は?」
「1%で堪忍してくださいまし。きっと、それほどお待たせしませんので」
「抜かるなよ」
「もちろん。……奴等の逃亡先はご存じで?」
「当然だ。追って詳細を寄越す。締めてこい」
父との抱擁を終え、お母様、ジィノとも抱きしめ合う。
お母様ったら今生の別れみたいな顔をなさらないで?ジィノはもう少ししっかりね。
家族から離れ、門扉の手前で振り返る。
わたくしはメイド服でも醜くならないように軽いカーテシーを行い、振り返らずに門を越えた。
先に外に出ていたミュウとグリース、民たちがわたくしを迎え入れる。
さようなら、ヴィルシュ。
心の中で別れを告げる。
「さぁグリース。早く肩をお出しなさい」
「俺の腰は死んだ!!帰りは馬車乗るぞ!!」
悲痛な叫び声が、青空に吸い込まれた。
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