10話 これはお父様の罠
お涙頂戴の三文芝居の幕が上がる。
『冤罪で娘を投獄された憐れな父親』が叫んだ。
「ディア!辛い思いをさせてすまなかった……早くおいで!母さんも、ジィノも待っているよ」
待ってましたと言わんばかりに口を開く門に心の中で舌打ちをする。
『娘』は、感激したように口元に手を当て。
「ありがとうございます、お父様!ディアは捨てられていなかったのですね……?」
「勿論だ。愛する娘を見捨てる親など居るものか!……お前が連れ去られてからどれだけ苦悩したことか……謁見も王に阻まれ、私は……」
崩れ落ち、小さく響く嗚咽。
ほら、お父さんと抱き合ってきなさい――そんな無言の圧を背中に感じる。
バルコニーからここまでどれだけ離れていると思うの?嗚咽が聞こえるはずがないでしょうが!
「お父様……」
とりあえずしおらしく目を伏せると、グリースと目が合った。
『おい、どうするんだ?』黒い瞳が問う。――直感。彼から降りたら、負けだ。
「心配させてごめんなさいお父様!すぐに向かいます……さぁ皆もきて!わたくしの自慢のお父様を紹介したいの」
皆を振り返って、無邪気に笑ってみせる。
さぁ、おいでなさい。『悲劇の親子の再会劇』を特等席で見せてあげる。
「おお!なるほど、君たちが娘の恩人か!そちらでお待ちください。今、参りましょう」
「お父様の許可が出たわ!庭園で待ちましょう」
狸の居ぬ間に群衆に門を潜らせ、敷地を陣取る。
(わたくしがどんなに頼んでも、お父様――アシュレイ・ヴィルシュから巨額の寄付は得られない)
だから、今のわたくしが持てる唯一の駒『群衆』を動かした。
彼らの視線に晒し、お父様に『慈愛の仮面』を押し付ける。
……それが、ただひとつの勝ち筋。
――
――玄関扉が開くまで、いやに時間がかかった。
ようやく登場したのは、お父様だけではない。
お母様と弟も……ジィノ、そんなに動揺していては駄目。足をすくわれるわよ。
お母様が駆け寄る。目は潤み、口元が震えている。
「ディア……ああディア!こんなにやつれて、可哀想に……ミュウもよく頑張ったわね。大きなお方もありがとう。さぁ、外は冷えるわ。スープを用意しましょう」
「奥様、ミュウはがんばりましたぁ!お嬢様、早く行きましょ。あったかいスープが待ってますよ!」
ミュウは嬉しそうに目をキラキラさせてグリースの裾を引っ張る。喋るなと言ったのに……!
雰囲気にのまれて私を降ろそうと腰に手を添えたグリースを、ギリリとつねる。
わたくしの様子を見て、お母様は不思議そうに首を傾げた。
「……どうしたの、ディア?風邪をひいてしまうわ。暖炉の前で暖まりなさい」
心の底から娘を思うお母様の優しい愛が、じわりと場を汚染していく。
――いつしか、下りる気配のないわたくしへの視線が変化し始め。
群衆は無言で問う。
『優しい家族が迎え入れているのに、なぜお前は家に戻らないんだ?』
――駒が、奪われた。
言いなりになれば、民衆の目という最大の武器を失う。
家庭という密室では『娘』に権限は無く。きっと東部への支援は大幅に削られるだろう。
約束を守れず失望され、わたくし自身も家に拘束、いえ、おそらくお父様の傀儡にされる。
では、ここに居座れば?
わたくしは国を救う聖女から温かな家族を拒絶する、傲慢な女というレッテルを貼られる。
民衆の心は離れていき、不信感はふとした瞬間に爆発する。
(やられた……)
黒いポーンがコトン、と置かれる音が聞こえた気がした。
――
愛に満ちた空気に耐えられず視線を落とすと、ミュウがわたくしの首に枷をかけようと無邪気に手を伸ばす。
思わず鉄パイプと、グリースの肩を強く握り、
(違うわ。ミュウは、敵じゃない)
この子は、最初から『わたくしを守るため』に動いている。家に帰らせたがるのは必然だわ。
(……わたくしだって、帰りたいわ)
――帰りたい?
(疲れたの。虚勢を張り続けるのも、得られるかもわからない王位に拘るのも)
違う、そんなことはない!
(王位なんて本当に欲しいの?生き延びるためのハッタリでしょう?)
……。
(一番の障害だった民が、許してくれたわ。ゴールに着いたのよ。ねぇ?ディア・ヴィルシュ侯爵家令嬢)
「――いやだ!!!」
「絶対に絶対に!いや!家になんて帰らない!!わたくしは!やるべきことがある!王になれなくても!誰から嫌われたって!途中で投げ出すのは絶対に、いや!!」
視界がぼやける。ぐらりと傾いだわたくしを、グリースが支えた。
「わたくしは娘よ!お父様の、アシュレイ・ヴィルシュの!……ずっと……ずっと、良い子でいたじゃない?わたくしのはじめてのわがままを……どうか、ゆるして……おねがい……」
大男の肩の上。
一番目立つ場所で、みっともなく子供みたい泣きじゃくってしまった――呼吸を取り戻そうと、必死に鉄パイプに縋る。
また、やってしまった。抑えられなかった……負けてしまった。
嗚咽が止まらず、目を固くつぶる。……ふわり、と涙を拭う感触がした。
百合の香りにまぶたを持ち上げると、お母様が背伸びしてわたくしの頬にハンカチをあてている。
震える手で受け取り、涙を拭う。
「……ごめん、な、さい。お母様も、お父様もジィノも、大好きよ。でも、死ぬかと思ったけれど……いつのまにか、楽しくなっていたの。人形みたいに微笑むだけでなくて、わたくしの居場所を、わたくし自身で作るのが……うれしくて、だから」
お母様は優しく微笑んで「いいのよ」とだけ呟いた。
グリースも頭なんて撫でないで……また目頭が熱くなってしまうわ。
ミュウは「お嬢様ぁ~」とまた顔をグシャグシャにして、グリースの服で拭いていた。
小さな泣き声に目を向けると、ジィノが俯き肩を震わせている。ジィノ、ごめんね。……ごめんなさい。
そして、お父様は――感情が抜け落ちたような瞳をこちらに向けていた。
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