第5話 気づいたら初ダンジョン
八王子ダンジョン。
西東京最大のダンジョンにして、週末ともなれば観光地さながらに人でごった返す狩場だ。周囲には装備店や回復アイテムのショップ、冒険者カフェなんかも立ち並ぶ。
ここまでくると───ダンジョンというよりショッピングモールだ。
そんな場所に、なぜか俺は立っていた。
──師匠に連行されて。
「なぜ、そんな場所に俺はいるかというと───」
「立ち止まってないで歩け。邪魔だ」
俺のナレーションごっこは、師匠によって一瞬で強制終了。......子供(18歳)のおままごとを潰すのは良くないよ。
冒険者ギルドの建物に入るとかなり驚く。思ったよりもまともだ。
正直、酒樽を抱えた荒くれ者たちが殴り合ってるイメージだったのに、実際は全然違う。受付で地図を広げる新米らしき二人組、子連れで買い物をする夫婦、奥では雑談をしている社会人冒険者たち。
そうだよ、ここは日本だ。常識が通じずに殴り合いでしか解決しない中世異世界じゃない。何を想像していたんだ、殴り合いなんかしてたら警察は取り締まるだろ。
当たり前といえば当たり前の光景がそこにはあった。
「次の方、ギルドカードをお出しください」
受付のお姉さんがにこやかに告げると、師匠が一歩前へ出る。
「彼は初めての登録でね。カードはまだ持っていないんだ」
「では、身分証明書をお願いします」
──そう。ついに冒険者としての第一歩。受付に立つだけなのに、心臓がバクバクしてきた。
「......ろ」
「え?」
「早く出せって言ってんの。何度も言われてるだろ」
やばい、また自分の世界に入り込んでた。慌てて学生証を差し出す。受付嬢がクスッと笑った。......地味に刺さる。
「てか誠は何年か前に冒険者をやっていたんじゃなかったのか?今思うとカードって持ってるはずだが」
確かに俺は中学に入る前に一年弱冒険者をやっていた。......が、カードの行方は知らない。
というか当時の記憶が薄すぎる。俺はどんな幼少期を送っていたんだ。ダンジョンの中も魔法もひとつもも覚えていない。
「いや、5年に一度更新しないといけなかったはずです。俺は更新しなかったので自動的に切れた気が」
「なるほどね」
そして数分後。
木目調のカードが手渡される。これが俺の──ギルドカード。
......なんか嬉しい。こういうのを持っただけで自分が強くなった気がする。
「じゃ、こっちだ」
師匠に促され階段を降りると、そこには異様な光景が広がっていた。
四角い金属枠のゲート。その中は水面みたいに揺れていて、向こう側は見えない。人が通るたびに、煙も音もなくフッと姿が消えていく。
「行くぞ。あれに鼻ぶつけて折ったやつはいるが、普通に通れば大丈夫だ」
「それ聞いたら逆に怖いんですけど」
俺は覚悟を決め、ゲートをくぐった。
──次の瞬間、景色が一変する。
広がる青空、丘に根を張る大木、透明度の高い湖。どう考えても東京には存在しない光景。そそて周囲には親子連れや社会人冒険者たちの姿。
すごい。これがダンジョンか。
「よし、誠。力を抜け」
「はい」
髪の毛から足の指まで、出来る限り力を抜く。
すると師匠が手を前に突き出す。
......なんか嫌な予感がする。
なんだこのポーズ、絶対ろくなことにならない。
俺の人生経験が叫んでいる。
これはヤバい。
だが、それを感じた時は既に遅かった。
「───第二階梯・ウォータースプラッシュ」
ドバシャアッ!!
顔面に冷水直撃。一瞬で視界が水没し、何が起きたか分からず固まる。
なにこれ!?
滝!?
「なにすんだ!!」
「魔法だ。何か感じなかったか? 身体の内側がビリっとする感覚」
「......そう言われれば......?」
「次、いくぞ」
「いや待って、まだ──」
待ってって言ったよね!?
だから待て───
「第二階梯・ライトニング」
ビリビリビリビリ!!
「ぎゃああああああ!!!」
痛い痛い痛い!!
修行と拷問を間違えるな!!
「第二階梯・エアーブレッド」
「ごほっ……っ胃液でるぅぅ!」
クソッ、こうなるなら意地でも来なきゃよかった!!!!
「第二階梯・ロックニードル」
「ぎゃああああああ!!!」
──10分後。俺は地面に転がり、白目を剥いていた。
「......よし、そろそろやめるか」
俺はそれに感謝も激怒もしない。全ての感情を失ったのだ。
今ので分かったのは、人は限界を超えると無になる、ということだ。
「で、何か感じたか?」
「......膜......?薄いヴェールみたいなのなら」
「それが魔力感知だ。魔法の基礎にして最初の壁。それを掴んだら──本番だ」
師匠の気配が少し真剣になる。
だが、今の俺にとってそれは恐怖の対象でしかない。
「今度は“共鳴”だ。お前の魔力を俺の魔法に合わせて引き出す」
「失敗したら?」
「......人にやるのは初めてだからわからん。覚悟しろ」
(おいぃぃぃ!!!!)
俺は必死に魔力を意識する。わずかな芯が熱を帯び、手の方へ集まっていく。
......頼む。変なところで暴発するな。
人生初魔法で自爆なんて洒落にならない。
師匠の魔力が体中を震わせ──
「第二階梯・ウォータースプラッシュ!」
ズンッ──
俺の中の何かが、外へと強制的に引き剥がされる。
バシャァァァッ!!
水が炸裂。目の前に水たまりができた。
「……出たな」
疲労と吐き気と、ほんの少しの達成感。
「よし、今日は終わりだ……って、20時!?」
「え、マジで!?」
よく見ると空が暗くなっている。集中しすぎたのか。
さらにスマホを確認すると──
「え、電源が......つかない?」
「......あ、雷か。ついでに水も浴びたし。スマホは電化製品だからなぁ......」
珍しく師匠が目を逸らす。
その態度で察する。
......やったな?
「財布も焦げてるんですけど!?」
「悪かった。弁償する。あと焼肉行くか」
「っしゃあああああ!!!」
切り替えは早い。
6年前に買って買い替えを検討していたスマホと、相当ボロボロで捨てる予定だった財布。
使えなくなってもあまり問題はない。
──魔法の代償、案外悪くない。
いや、よくはない。
だが、焼肉は全てを解決する。




