第23話 地獄の合宿9 打ち上げ
「要はだな、自分を知るってことだ。熱っ!」
焼けた肉をそのまま頬張って、師匠が顔をしかめる。舌を出してふーふーしてるあたり、さっきからずっとこの調子だ。
合宿の打ち上げをしようと言って焼肉食べ放題に来たはいいものの、気づけば講義が始まっている。
ついに焼肉屋ですら補講を始めちゃったよ……
もう終わりだろこの人。
「というと?」
俺が肉を焼きながら聞き返すと、師匠は箸をクルクル回しながら続ける。
「例えばだ。短剣が手から離れる直前にサンダーショットを撃っただろ?」
そう言いながら、焼けた肉を器用にひっくり返す。
「直前に魔力を乗せたのも悪くない。ただ、本当に良かったのは“離れた瞬間”に撃ったことだな。あれで魔法の推進力がそのまま乗って、速度が跳ね上がった」
肉を一枚口に放り込み、満足そうに頷く。
「真正面からじゃ勝てない相手に対して、戦術で覆した。しかもそれをやったんだろ?」
俺は少し肩をすくめる。
「まあ……必死でしたから」
「だろうな」
師匠は楽しげに肩を揺らした。
「実力差がある敵を戦術で倒す。ああいうのができるようになったのは、ちゃんとした成長だな」
流石師匠。
苦労したところをちゃんと見ている。
だが次の瞬間、橋をこちらに向けて言った。
「ただし」
ピタッと箸の動きが止まり、そのままこちらへ向けられる。
反射的に唾を飲み込んだ。
ていうか人に箸向けるなよ、普通にマナー悪いだろ
「無茶だ」
「……はい、すみません」
間髪入れずに返ってきた。
「短剣の件もそうだが、あれは成功したから良かっただけだ。常に生死のかかる戦場で成功率の低い賭けをやるのは危険だ。
この世界では結果だけで語られる。例えそれまでの過程がどれほど素晴らしかったとしても、たった一回の賭けに失敗しただけで───死だ」
ぐうの音も出ない。正論だ。
……だが。
「でも、その状況に追い込ませたのは師匠ですよね?歴4ヶ月にオークジェネラル、短剣無しでオーク100体を、なんて普通に命令の域超えてますよ」
流石にこれには言い返せないだろ。
……と思った瞬間、師匠が口を開く。
「私が見てただろ?」
だが、これに俺はすぐさま反論する。
「いや、あの距離で見守るって言わないです。ただの観賞です」
「それでも死なせはしないさ」
師匠はあっさりと言う。
「もし本当に危なくなったら、私が死んででも誠を守る」
ズキューン!
ヤバい、一瞬不覚にもカッコいいと思ってしまった。
ダメだマズイ、こんな状況に仕立て上げる、思考が昭和止まりのコイツに惚れたなんて末代までの恥だ。
神よ、私をお救いください。
(無理です。お前、寺と神社に行ってるだろ。その神に頼め)
一瞬で救世主に振られた。信仰って何だっけ?
……なんだこの茶番は。
「おい、聞いてるか?」
師匠の声で現実に引き戻される。
「それに根本原因がある」
「原因?」
「知識不足だ」
即答だった。
「格上の敵に勝つには、まず相手をよく知らなければならない。
だが、今のお前はそれが足りない
魔物の知識、魔法の知識、戦闘の知識───全部だ。」
……まあその通りだ。
今回も、オークジェネラルの戦鬼化を途中まで忘れていたし。
「じゃあ師匠なら、あの状況どうしてました?」
俺が聞くと、師匠は少し考えてから言った。
「3手だな」
肉をひっくり返しながら淡々と説明する。
「まずエアブーストで上を取る。と、同時にフラッシュで目を潰す」
さらっと言われたけど、普通に難しい。
「で、短剣で眉間を刺す」
「眉間?」
「眉間の奥には脳幹がある。オークも人間と同じくそこを破壊されれば即死だ」
なるほど。
理屈は分かる。
だが。
「いやそれ、その場で思いつく作戦じゃないですよね」
「だから知識が必要なんだ」
即答だった。
「というわけで」
師匠の口元が、わずかに歪む。
「これを機に勉強してもらおうと思う」
……嫌な予感がする。
師匠と会ってからの4ヶ月で磨き上げられた危険察知能力が怖いぐらいに反応している。
次の瞬間、師匠はマジックバックから何かを取り出した。
ドン。
テーブルに置かれたのは本だった。
しかも三冊。
しかもデカい。デカすぎてパっと見、本だと気づかないレベルだ。
「これだな。
全解魔法基礎、魔物基礎教養、冒険者基礎教養。これをとりあえず8月までに」
図鑑サイズ?いや違う、これ立方体だろ。なんで本がサイコロみたいな厚みしてるんだよ。
普通に鈍器として使えそうだ。
「どこが基礎なんですか」
「大丈夫大丈夫、私もそれで勉強した」
それは勉強方法間違ってるだろ。
時間の使い方が下手すぎる。
「それに、宮田は頭脳だけで冒大に受かったからな。勉強はできるはずだ」
「いや、とはいえですよ!!」
だが、その悲痛の叫びも最後の抵抗となって無視される。
「話を戻そう」
師匠が肉を一気にひっくり返しながら言う。
「世の中には刺突に向いている剣と向いてない剣がある。
お前の短剣は刺突に向いていない。先端が甘いからな」
「……確かに」
言われてみれば刺してみたことはないな。
「だが、オークジェネラルの眉間を刺すには刺突が必要だ」
師匠がニヤッと笑う。
「さあ、どうする?」
うーん。
簡単に思いついたのでいくか。
「新しい短剣を買う、とか?」
「却下」
即答だった。
「そもそもお前は力がないから二刀流にして手数を増やしている。そのために一般的な剣より短くて軽いものにしているんだ。
刺突用は刺すことができるように重いから手数が減る」
なるほど。
確かに。
となるとこれか?
「ナイフで刺す」
「却下」
さっきよりも返事が早かった。
俺の答えに食い気味で返ってくる。
「確かにナイフは刺突に向いているが、短い。他の戦闘では使えないから、持ち替えの隙が致命傷になりかねない」
ダメかぁ。
十分な答えに辿り着けなかった俺に師匠が答えを教えてくれる。
「答えはシンプルだ」
師匠は言った。
「新しい魔法を覚える、だ」
「土属性とかですか?」
土属性の魔力は少ないが、ゼロじゃない。
だから撃とうと思えば撃てるはずだ。
しかし師匠は首を振った。
「違う。もっと上だ」
溜めを作る師匠。
刺すことが可能なのは、氷属性辺りだろう。
そう思っていた。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
そりゃそうだ。鬼畜合宿をする師匠がためを作るレベルだ。
「───複合魔法だ」
「……は?」
「別の属性の魔法を組み合わせる技術だ。
ちなみに、魔法を2つ以上発動させる同時発動とは別物な」
なるほど......?
分かるようで全くわからない。
これがさっき言っていた知識不足ってことなのか?
「あれは第四階梯級の難易度だが......これは最低でも第五階梯以上だ。戦鬼化したジェネラルを単独で倒す、以上の難易度といったら分かるか?」
俺は少し考える。
「......つまり?」
「この合宿よりキツイ」
なるほど。
......なるほど?
「期限は12月」
師匠はサラッと言う。
軽く言いやがって。
「それまでに覚えさせる」
4ヶ月。
あの合宿を超える訓練を4ヶ月。
気の遠くなるような時間だな。
......まあでも合宿程度か。
確かにかなりキツかったけど結局乗り越えられたからな。
楽じゃね!?(※感覚が壊れているだけです)
「それに、これを覚えると魔法技量はBランク帯ぐらいに届く」
Bランク。
それは俺にとってかなり魅力的だった。
「よし、やります」
俺がそう言うと、師匠は満足そうに頷いた。
「じゃ、そろそろ道場戻るか」
2人とも腹八分になった頃。
さて、俺も紳士に割り勘を(※これが普通です)、と……
......あ。
しまった!!金がない!!
食べ放題が5200円だったのを忘れてた!
そうだった、手持ちは5000円しかない。
たかが200円だが、払えないことには変わりない。
そもそも武器以外持たずに来いって言った師匠も悪いけどな。(14話参照)
仕方ない、金がない俺は会計から逃げるとしよう。
俺は静かに席を立つ。
「では、先に道場に───」
ガシッ。
振り返ると腕を師匠に掴まれている。
強すぎて振りほどこうと思っても抜け出せない。
「誠」
師匠がニヤリと笑う。多分会ってから一番の下卑た笑みを浮かべている。
「───ここは漢気ジャンケンだ」
......は?
「何言ってんですか?」
「だから、どっちが全額払うかジャンケンで決めよう」
「可愛い弟子から散々奪っておいて、まだ奪うんですか?」
「いーや、あれは必要経費だ。そしてこれは別料金だ。打ち上げだからな。しょうがない」
あー、がめついがめつい。
「でだ。今お前は財布の中に入っているお金じゃ間違いなく足りないだろう。ここで、提案だ。漢気ジャンケンでどっちが全額払うか決めようじゃないか」
「なんで弟子の分も払う選択肢がないんですか?」
「そりゃ大学生だから」
至極真っ当。そこに倫理道徳があるかはおいておいて(※もちろんあります。コイツがおかしいだけです)。
普通は男が払う、って親から言われて育ったけどな。その普通に入ってないのがお前だ。
ただ、この状況下においては選択肢は一つしかない。
「……分かりました。やります」
逃げ道はない。
必要もない腕まくりをして、勝負に臨む。
師匠も同様に腕まくりをする。
ふぅ。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
俺:グー
師匠:パー
───負けた。
……グーがパーに勝つ世界線はないものか。グーの石が実は黒曜石でした、とかだったら嬉しいが。
どうしよー、勝った時しか考えてなかった。
「誠くぅーん、負けてどんな気持ちー?」
目の前にはニマニマ笑いながら煽る師匠。
完全に楽しんでやがる。
とてつもなく殴りたい。
でも殴ったら警察行きどころか病院行きになる。
仕方ないから俺は甘んじて受け入れる。
「......で、この10400円ってどうやって払えばいいんですか?」
「......どうしよっか?」
師匠が考え込む。
どうやら何も考えていなかったらしい。
脳筋だったようだ。
やれやれ。
一枚上手なのは俺だったようだな。
……そう思っていた。
会計を済ませた師匠が店から出てくるまでは。
「よし、誠」
師匠が笑う。
「今から猛特訓だ。日付が変わるまで、ずっと私とのタイマンだ。手加減すると思うなよ?」
しまった、どうやら師匠の方が一枚上手だったようだ。




