第22話 地獄の合宿8 合宿終了
重い音を立てて、オークナイトの巨体が地面に崩れ落ちた。
土埃がゆっくりと舞い上がる。
その横で、師匠が剣についた血を軽く振り払った。
まるで散歩の途中で草でも払うみたいな、あっさりした動作だった。
……ついさっきまで命のやり取りがあったとは思えない。
俺はしばらくその光景を呆然と見ていたが、ようやく口を開く。
「……何で今なんですか」
師匠は「ん?」と首を傾げた。
「だから言っただろう。ジェネラルが討伐されたら合宿終了だ」
当たり前のことを言うみたいな口調だ。
「訓練が終わったなら、可愛い弟子をいじめる魔物は倒さないといけないからな」
……なんで今更なんだよ。
さっきまで普通に死ぬと思ってたんだぞ。
あの剣が振り下ろされていたら、首が飛んで終わりだった。
手のひら返しにも程があるだろ。
まあ……死ななかっただけマシか。
そこで、ふと気づく。
「周りのオークは?」
「ん? ああ」
師匠は周囲を見回した。
「ソルジャーたちか」
俺も視線を巡らせる。
地面にはいくつもの巨体が転がっていた。
ソルジャー。メイジ。ヒーラー。
そして、今しがた倒れたナイト。
血の匂いがまだ濃く残っている。
師匠は肩をすくめた。
「ナイトだけだな。手を出したのは」
そして、少し笑う。
「他は全部、誠が倒してたじゃないか」
……ああ。
言われて、ようやく実感が湧く。
ソルジャーは短剣で斬った。
メイジとヒーラーは投げた短剣で貫いた。
そして───ジェネラル。
全部、自分でやったのか。
なんだか現実感がない。
師匠はそんな俺を見て、小さく笑った。
「ちゃんと生き残ったじゃないか」
そう言って、小瓶を放り投げてくる。
「ポーションだ。結構高いやつだからな。大切に飲めよ」
大切に飲めって何だよ。
俺は栓を抜き、そのまま一気に飲み干した。
瞬間、身体の奥から熱が広がる。
足の傷が塞がる。裂けていた筋肉が戻り、折れていた肋骨が音もなく噛み合う。
痛みが、すうっと消えていった。
数秒後。
さっきまで満身創痍だった身体が、完全に元通りになっていた。
俺は手を握ったり開いたりしてみる。
……マジか。
「すげぇ……」
思わず呟いた。
俺がぼんやりしていると、不意に頭に軽く手が乗った。
ぽん、ぽん。
顔を上げると、師匠が少しだけ笑っている。
「まあ……合格だな」
軽い調子で言う。
まるで「今日はよく頑張ったな」くらいのノリだった。
俺は一瞬、言葉が出なかった。
……あんな地獄みたいな三日間のあとで、出てくるのがその一言かよ。
でも。
まあ。
悪くない。
◆◆◆◆◆
「それでは次の方!」
じゃらじゃら、と机の上に魔石が転がる。思っていた以上に数が多く、受付の人が少し目を丸くした。
「多いな……」
魔石はそのまま鑑定機へと入れられていく。上から投入され、機械の画面に映る数字が少しずつ大きくなっていく。
0、0、0、5、1、6。
……61万5千円?
思わず二度見した。
いやいやいや。そんなにあるわけ……と思ったら、そのまま機械の下から現金が出てくる。
渋沢栄一が61枚。
……マジか。
流石冒険者。
これが給料だなんて信じられない。
何回か給料を貰ってはいるが、津田梅子止まりだったからな。
流石冒険者、というよりは恐るべきダンジョン合宿。の方が近い。
トントン
肩を叩かれたので振り返ると、師匠が手をくいくいってしている。
くいくいって何だよ?
あげるもんなんてないぞ。
すると師匠が満面の笑みで言う。
「61万円」
「……え?」
「だから、61万円」
しまった、ぼったくりバーだ。(絶対に違います)
こういう時だけ可愛い顔で徴収しようと思っても無駄だぞ。
俺は知ってるからな、いつものだらけた姿を。
「じゃあ61万円の内訳をお願いします」
こうすればぼったくられることはない。
世間を甘く見るなよ?
───だが、本当に世間を甘く見ていたのは俺だった。
「うむ、まずはポーション代だ。初日の魔力回復ポーションは一本7000円。あれが10本で70000円」
まあまあ、それぐらいの値段か……
「で、体力回復ポーションの安いやつが一本5000円。1日目の鍛錬の時の傷を治したやつだな。で、高いやつが───」
鍛錬の傷を治す方はかなり安いな......
あ、でも小さい傷のみだからそれぐらいなのか?
高い方はあれか?さっき飲んだトンデモなポーションか?
「──────50万円だ」
破産するって……
「まあ、考えてみろ。全治3ヶ月級の全身の大怪我を50万円払うだけで一瞬で治るんだぞ?1000万払っても安いだろ!」
そう考えると安い方なのか。やさしい値段設定だな。
多分補助金でも降りてるのだろう。
「まあそんな大怪我を負った方がおかしいけどな。普通は逃げるんだよ。はい、これで残り3万」
おい、黙っていたら……いかん、手を出すところだった。
師匠にそんなことをしちゃダメだ。
もちろん何されるか分からないからだけどね。
倫理?家族道徳?魔力調教してるやつにそんな言葉当てはまるわけないだろ。
「これだけですか?」
「材料費はひとまず」
「とするとまだあるんですか……?」
もちろん、といったように師匠は続ける。
「ダンジョン宿泊料」
「え?」
「ダンジョン宿泊料、聞こえなかったか?」
言葉は聞こえてんだよ。難聴じゃあるまいし。
ダンジョンに泊まるのに金がかかるの?
すると、言葉の意味がわからないということにようやく気づき、師匠が説明する。
「ダンジョン入場はタダだが、宿泊となるとさらにお金がかかる。宿泊者の負傷率・死亡率は高いからな。それの負担額と言ってもいい。2泊なら3万円」
なるほど。
確かにダンジョンギルドは国連機関が運営してるはずだしな。
タダじゃ活動できないしな。
「あれで、3万円だ。合計61万円」
クソッ、全部筋は通ってるし必要経費だが!
高い!!!!
「まあ61万だけでいいよ。残ってる5000円は好きに使いな」
渋々掴んでいた61枚の札束を離す。
ニマニマとしながらその札をマジックバックに入れる師匠。
61万に比べたら津田梅子なんて端金だ。
給料なんてないに等しい。
クソッ、許せん。
「はやく金のことは諦めるんだ。それがロマンある冒険者の金銭事情さ。経験者は語る」
そうか。強くなって、さらに5千円ゲットできたと思えば得した気持ちになるな......ってなると思ったか!銭ゲバ師匠!
ていうか宿泊料は師匠が払えよ!!なんで俺が払うんだよ。
いくらなんでもおかしいだろ!!!
問い詰めようとしたその時、
「あなたE-ランクですよね!?」
受付の人がカウンターから飛び出してきた。
え、何?
「オークジェネラルにオークヒーラー!? しかもソルジャーまで!?」
指をビシッと師匠に向ける。
「後ろの同伴者は何をしていたんですか!!」
いや、その同伴者がやらせたんだよ。
むしろ首謀者だよ。
俺も今気づいたけど、この合宿普通におかしいだろ。
何回「死ぬ」って思ったと思ってんだ。
俺はどこかの国の特殊部隊でもないんだぞ?
「はい、すみません。以降は気をつけます」
素直に頭を下げる師匠。
いや絶対反省してない。
俺は横でその様子を眺めながら、鑑定機の画面を見つめた。
……61万円か。
命懸けの三日間。
その結果がこれ。
まあ。
強くなった。
夢には一歩近づいた。
いつか、世界最強になる日を願って。
───地獄の合宿編、終了。




