第21話 地獄の合宿7 最終決戦
(マズい……護衛が来た!)
瀕死のジェネラルの傍らで回復魔法を施しているオークヒーラー。
その前には、それを守るように剣で武装したオークソルジャー。
横には、太く長い木の杖を持ったオークメイジ。
そして中央。
その3頭を従えて最前にいるのは、全身を鎧で固め、剣を携えた個体───オークナイト。
四体の役職持ち護衛が、ジェネラルを守るように、そして俺を排除するように陣形を組んでいる。
その前に立つのは。
……さっきの衝撃で肋骨がバキバキに折れている重傷の俺。
状況を整理しよう。
敵は五頭。
俺は一人。
しかも重傷。
いつもの俺で5対1でも分が悪いのに、これはもう劣勢とかいうレベルじゃない。
短剣が剣のリーチに太刀打ちできないし、矢を番える暇は当然ない。
魔力こそ俺がこの合宿で量を増やしたからある程度余裕はあるが、威力そのものが高い魔法はないため、決定打にはなりにくい。
昨日のオーク狩りなんて次元じゃないくらい圧倒的劣勢である。
個々ですら俺より強いのに、どう足掻いてもその集団に勝てるわけがない。
だが、ここで諦めたら地獄の合宿が
阿鼻叫喚地獄の2丁目
に突入することは確定している。つまり、俺の選択肢は一つしかない
攻撃だ!!
目の前のオークナイトに向かって猛ダッシュ。もちろんオークナイトはどこから来てもいいように構える。
だけど、俺もそこまで馬鹿じゃない。こういう時のために秘策がある……とでも思ったか!!!
あるわけねぇだろ!!!
正面衝突あるのm───
───ドォン!!
前言撤回。やっぱ無理。ダッシュの勢いを利用し、下からナイフで鎧の隙間から突き刺そうとしている間に、ナイトの蹴りが腹にめり込み、俺の身体は派手に吹き飛んだ。
肺の空気が全部抜ける。
だが、蹴りでそんな音は出ない。
じゃあ、ダァン!の正体ははなんだ?
爆ぜるような音が響く。
……魔法だ。
それもヒーラーの。
え?
ヒーラーはジェネラルの回復をしていたんじゃないのかって?
───さっきまではね。
ヒーラーの爆発による粉塵の影から、ジェネラルがゆっくりと起き上がるのが見える。
……おい。
ふざけんなよ。
さっきまで3対1で済んでいたのが、5対1になるのか?
それも完全状態のジェネラル復活。
無理だろ!!死ぬって!?
次の瞬間だった。
ナイトが剣を振り上げ、同時にソルジャーが回り込み、メイジは杖を掲げる。三体の護衛が一斉に動いた。逃げ場がない。完全な包囲攻撃だ。
ナイトの剣が振り下ろされる。横からソルジャーの斬撃。背後では魔力が膨れ上がる。どこを避けても何かが当たる。そんなタイミングだった。
俺は歯を食いしばり、右手を振り抜いた。
「ウィンドブレード!!」
空気が裂ける。風の刃が一直線に走り、メイジの杖へ叩きつけられる。
バキィン!!
杖が真っ二つに折れ、魔力が暴走する。火花が散り、メイジが狼狽する。その一瞬の隙を、俺は逃さない。
だがナイトの剣は止まらない。巨大な刃が目前まで迫る。俺は身体を捻って避けるが、遅い。剣が肩を掠め、肉が裂けた。熱い血が一気に噴き出す。
その直後、ソルジャーの剣が横薙ぎに振られる。逃げればナイトに斬られる。避けなければこの剣にやられる。俺は一瞬だけ迷い──逆に踏み込んだ。
ソルジャーの顔が目の前に来る。
その瞬間、俺は指を突き立てた。
眼球へ。
「───ショックタッチ」
バチィィィィィッ!!
電撃が爆発する。指先から放たれた雷がソルジャーの眼球を貫き、脳へと叩き込まれた。
「ギャアアアアアア!!」
ソルジャーの身体が激しく痙攣する。剣を取り落とし、地面へ仰け反って倒れる。眼球を焼かれ、神経を直接叩かれたのだ。まともに戦えるはずがない。少なくとも数分は戦線離脱だ。
だが、ナイトは止まらない。
巨体が地面を揺らしながら迫る。剣を振り上げる。圧倒的な威圧感。こいつだけは、どうしてもここで倒さなければならない。
俺は左手を突き出した。胸の奥から魔力を引きずり出す。冷気が空気を凍らせ、周囲の温度が一気に下がる。霜が地面を覆い、吐いた息が白く凍る。
「アイス……」
指先に氷が集まる。圧縮される。凝縮される。拳大の氷弾が生まれる。魔力をさらに注ぎ込み、密度を高める。氷が軋む音が聞こえる。
「バレット!!」
ドォン!!
氷弾が射出された。ナイトの胸部に直撃する。鎧が軋む。だがまだ立っている。
もう一発。
ドゴォッ!!
氷が砕け、装甲が歪む。
三発目。
バキィィン!!
ついに胸甲が割れた。氷片が飛び散る。ナイトが一歩、後退する。
効いている。確実に追い詰めている。あと一撃で──
その瞬間。
背後から凄まじい衝撃が叩きつけられた。
ゴォッ!!
次の瞬間、俺の視界が回転する。
視界の端に見えたのは、ジェネラルと棍棒。
……あ。
そうか。
さっき倒したハイオークの武器か。それを拾われたってわけか。
だが、気付いた時にはもう遅い。
身体が横に弾き飛ばされる。
肩から地面に叩きつけられ、そのまま勢いのまま何度も転がる。砂と石が顔にぶつかり、肺の空気が一気に吐き出された。
ようやく止まった時には、数メートル先まで吹き飛ばされていた。
身体が転がる。肺の空気が全部抜ける。口の中に鉄の味が広がる。
「……ゲボッ」
血反吐が溢れた。地面に赤黒い染みが広がる。立とうとするが脚が震える。視界が揺れる。胸の骨が悲鳴を上げる。
普通ならここで終わりだ。
だが俺は俯いたまま笑った。
「知ってるか……?」
オークたちが動きを止める。言葉がわかったんじゃない。俺の唯ならぬ気迫を感じたのだ。
「極限状態に追い詰められた人間が、何を感じるか」
顔を上げる。
「……絶望じゃねぇ」
ナイトを睨む。
「──興奮だ」
胸の奥が燃えている。身体が震える。だが恐怖じゃない。
「今の俺は痛みなんて感じてねぇ。身体中を駆け巡るドーパミンが、全部を快感に変えてる」
血を吐きながら笑う。
「痛みなんてな、一時間後の俺に後払いだ」
俺は指をジェネラルに向ける。
「お前を倒した後にな」
だが、それを言い終わると同時に、ヒーラーの詠唱が終わる。
淡い光がソルジャーの身体を包み、地面を転げ回っていた巨体がゆっくりと起き上がった。焼け焦げた眼窩の奥から、濁った殺気がこちらへ向く。さらにナイトの胸の傷も、みるみる塞がっていく。
そして、ナイトは俺の背後に周り、逃げ道を塞ぐ。
……冗談だろ。
せっかく削った戦力が、あっさり戻っていく。
普通なら心が折れるところだ。だが、もう遅い。俺の身体はすでに動いていた。
視線の先にはジェネラル。
だったら、やることは一つだ。
俺は地面を蹴った。
ドーパミンで頭が白くなり、何も考えられなくなるが、とにかくジェネラルまで走る。それだけを考えて足を動かす。
その瞬間、ソルジャーが咆哮した。
眼球を焼かれた怒りなのか、理性の欠片もない叫び声を上げながら一直線に突っ込んでくる。剣を振り上げ、こちらを真っ二つにするつもりだ。
だが、遅い。
俺は足を止めないまま、身体をわずかに横へ流した。
振り下ろされた剣が空を切る。その懐へ踏み込み、短剣を振り抜いた。
ザシュッ。
刃が肉を裂く感触。
次の瞬間、ソルジャーの首が半ばまで断ち切られた。巨体が二、三歩よろめき、そのまま前のめりに崩れ落ちる。地面に倒れた身体がわずかに痙攣し、それきり動かなくなった。
だが、それを確認する暇はない。
俺はその死体を踏み越え、そのまま駆け抜ける。
視界の先にはジェネラルただ1人。その行く手を阻む者はいない。
棍棒を構え、こちらを睨みつけている。
背後ではナイトが迫っていた。鎧の重い足音が地面を震わせる。追いつかれるまで、もう時間はない。
俺は短剣を強く握り込んだ。刃へ魔力を流し込むと、青白い電流がパチパチと弾ける。空気が焦げた匂いを放つ。
サンダーショット。
俺が今使える中で、最大の貫通力を持つ攻撃だ。
ジェネラルが棍棒を振りかぶる。あの一撃をまともに食らえば、今度こそ終わる。
だが、ここまで来たらもう止まれない。
俺は魔力をさらに刃へ叩き込み、短剣を投げるために一度引く。
その瞬間だった。
横から影が飛び込んできた。
メイジだ。
折れた杖を投げ捨て、巨体ごと体当たりしてくる。完全に俺の進路を塞ぐつもりらしい。
「チッ……!」
避ける余裕はない。俺は踏み込みを強め、無理やり肩で押し退ける。衝突の衝撃で肋骨が軋むが、構っていられない。
ナイトの気配が背後で膨れ上がる。
振り下ろされる剣の気配。
時間が、ない。
その瞬間、俺は全てを委ねるように、全身の魔力を一気に刃へ流し込む。いきなり詰められた雷が短剣の中で暴れ狂い、刃が青白い光を放つ。
「サンダーショット!!!!!」
腕を振り抜く。
次の瞬間、短剣が弾丸のように射出された。雷を纏った刃は一直線に飛び、進路上にいたメイジの胸を貫く。
それでも止まらない。
そのまま後方にいたヒーラーを貫通し、さらに奥へ突き進む。
ジェネラルの胸へ。
グサッ。
鈍い音とともに刃が深く突き刺さる。
心臓から一気に血が流れ出す。
だが、それと同時に俺にも想像を絶する痛みが来る。
魔力切れだ。
それも完全な。今までのようにほぼ残っていない、つまり少し残っている状態ではなく、完全に使い切った。魔力を根こそぎ剥がされたのだ。
腹の奥を貫く鋭い痛み。初めて感じるこの激痛に思わず息が詰まる。
「……ぐっ……」
膝が崩れる。視界がぐらりと揺れる。
だが、ジェネラルも同時に止まった。
胸に突き立った短剣から雷が爆ぜる。電流が巨体を走り、筋肉が強制的に収縮する。ジェネラルの目が大きく見開かれた。
そのまま、ゆっくりと崩れ落ちる。
ドォン、と重い音を立てて地面に倒れた。
……倒した。
そう思った瞬間、背後から強烈な殺気が叩きつけられる。
ナイトだ。
振り返る余裕はない。それでも分かる。巨大な剣が振り上げられている。
だが今の俺は、もう動けない。
魔力切れの激痛によってドーパミンが弾け飛び、身体中の傷の苦痛で金縛りのように動けない。
自らの血で身体が濡れていることに気付き、腹には自分の短剣が突き刺さったまま。視界の端が暗くなり始めている。
……終わりか。
ナイトの剣が高く振り上げられる。その巨大な刃が、こちらへ落ちてくる。
世界が、妙にゆっくりになった。
風の音が聞こえる。地面の土の匂いが鼻に届く。遠くで鳥が鳴いている声まで、はっきりと耳に入ってきた。
不思議なことに、後悔は感じなかった。
やり残したことなんて、いくらでもあるはずだ。強くもなりきれていないし、まだ始まったばかりだ。それなのに、胸の奥は妙に静かだった。
ああ、そういうことか。
これが、俺の限界だったんだ。
だから納得しているのか。ここまでやって、それでも届かなかったなら、仕方ないとどこかで思っている。
……悪くない。
そう思った瞬間だった。
シュッ。
軽い風切り音がした。
───次の瞬間、目の前にいたはずのオークナイトの上半身が、綺麗に消えていた。
遅れてドサッと重い音が響く。下半身だけになった巨体が地面に崩れ落ちた。
「ミッション・コンプリート」
聞き慣れた声が背後から響く。
「よく頑張ったね」
振り返ると、そこには背を向けたまま立っている人物がいた。細身のシルエット。長い髪が風に揺れる。
「後は私の仕事だ」
ゆっくりとこちらを振り向く。
その顔を見た瞬間、張り詰めていた力が一気に抜けた。
「……師匠」




